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『ショートショートドロップス』(新井素子:編、矢崎存美、上田早夕里、他) [読書(小説・詩)]

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 三年前。
 私は、キノブックスの古川さんっていう編集の方から、依頼を受けました。
「女性作家によるショートショート集を作りたいのですが、新井さん、その選者をやっていただけませんか?」っていう旨の。
 女性作家によるショートショート集。いくつか心当たりがありましたし、また、企画自体が面白そうな感じがしたので、私はお引き受けしました。
 ところが。
 ここから先が、本当に大変だったんです……。
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単行本p.8


 サスペンス、ユーモア、ファンタジー、SF。女性作家によるショートショート作品を収録したアンソロジー。エイチ博士が大発明をしたり、ノックの音がしたりする15篇。単行本(キノブックス)出版は2019年2月です。


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 それから。
 楽しい時間は早くすぎるって、みなさん経験則で御存知でしょ? それと同じ現象が、本の中で発生しちゃったんですよね。
 はい。「好きなお話は短く思える」。
(中略)
 とりあえず、四十数枚くらいまでは、ショートショートだってことに……暴力的に、決めてしまいましたっ!
 高いさんの本にでていた、笹沢佐保さんのご意見……。“理性的には支持しにくい”んだけれど、私の感覚では、“ショートショート”って、やっぱり十~二十枚かなって思うんだけれど……でも、断固、支持!
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単行本p.9、11


[収録作品]

『初恋』(矢崎存美)
『チヨ子』(宮部みゆき)
『舟歌』(高野史緒)
『ダウンサイジング』(図子慧)
『子供の時間』(萩尾望都)
『トレインゲーム』(堀真湖)
『断章』(皆川博子)
『冬の一等星』(三浦しをん)
『余命』(村田沙耶香)
『さくら日和』(辻村深月)
『タクシーの中で』(新津きよみ)
『超耐水性日焼け止め開発の顛末』(松崎有理)
『石繭』(上田早夕里)
『冷凍みかん』(恩田陸)
『のっく』(新井素子)


『初恋』(矢崎存美)
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「お父さまとお母さま、どこで知り合ったんですか?」
 不躾と思いながらも、遠回しに訊けるほど余裕がなかった。
「幼なじみなんだそうです。小さい時から、ずっと一緒だったんですって」
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単行本p.24


 いつものベビーシッターさんが急病ということで、代わりにやってきたのは、ピンク色の小さなぶたのぬいぐるみ。「はじめまして。私はこういうものです」差し出した名刺には「山崎ぶたぶた」と。
「ぶたぶた、とお呼びください」。

 ご存じ、人気シリーズ「ぶたぶた」の記念すべき第一作。ここから20年以上、彼の物語が書き続けられることになるとは誰も予想できなかったでしょうが、最初から山崎ぶたぶたのキャラクターが何一つ変わらないことに驚かされます。


『チヨ子』(宮部みゆき)
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 出勤してくる店員さんたちが、着ぐるみを着たわたしの目には、ぬいぐるみの行進に見える。この人はネコ。この人はタヌキ。この人はおサルさん。ちゃんとしっぽもついている。店員さんは圧倒的に女性が多いので、それらのぬいぐるみたちはみんな可愛らしい声でしゃべり、女性の声で笑う。当然、動作も女性らしい。だから、少々怪しげなパブみたいな眺めでもある。
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単行本p.37


 その不思議な着ぐるみに入って見ると、他人がすべてぬいぐるみに見えることに気づいた語り手。じゃあ、自分はどう見えるのか。鏡を見てみると……。
 ほのぼのファンタジーなんですが、なぜ「ぬいぐるみ」テーマの作品が続くのか。編者が新井素子さんであることの意味にようやく気づく読者。


『舟歌』(高野史緒)
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「奏者の脳波や脳内物質に干渉して、擬似的な満足感を……」
「そういうのムリだから。さてはSF者か? 君は? とにかくピィ君に君のピアノを聴かせてあげてちょうだい」
 エイチ博士はそう言うと、聴くのは彼だからといって、部屋を出て行ってしまった。
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単行本p.61


 ロボットに演奏を聴かせてほしいと依頼されたピアニストは困惑する。音楽を聴くAI、今までに誰も考えつきさえしなかった究極の音楽AIとは。人間にとってAIがどのような意味、意義を持つのかという、今日的でシリアスなテーマを、こう処理するとは。


『ダウンサイジング』(図子慧)
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 つまり、ぼくは次の段階にきたということだ。ステップをおりる。エラーを起こした脳の可動メモリのひとつをブロックして、外部記憶装置からの出力に切り替える。
 バージョンダウンがはじまった。
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単行本p.71


 進行性の若年認知症にかかった語り手は、新たな治療法の実験に参加する。認知症を治すのではなく、脳の「壊れた」部位を外部装置に順次切り替えてゆく。いわば、脳の逐次的バージョンダウン。その行き着く先にあるものとは。
 AIの医療活用、意識のアップロード(の逆)などのテーマを巧みに組み合わせて、SF的なビジョンへと読者を導いてゆく作品。


『冬の一等星』(三浦しをん)
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 いまとなっては、あの夜の出来事がまるごと夢みたいに感じられる。
 急に現れた男と、西へドライブする。窓の外を流れる暗い景色も、街の明かりも、ひっそりと光を投げかける深夜の売店も、銀の星々も、すべて夢のなかの光景のようだ。
 どうして文蔵と同じ星を見ていると信じられたのだろう。それらはあまりにも遠くにあって、触れてたしかめることもできないものなのに。
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単行本p.141


 後部座席で眠っていた幼い少女に気づかないまま自動車を盗んだ男。うっかり誘拐犯になってしまった男と誘拐された少女の、不思議な逃避行。幼い頃に体験する夢のように儚い特別な時間を描いた作品。


『石繭』(上田早夕里)
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 石が見せてくれる夢は本当に楽しかった。
 だから、ここまでやってこられた。
 私の新しい仕事は、自分が取り込んだすべての記憶をこの体内で石に変え、別の人間へ手渡すことだ。
 虚構と物語があれば何とか道を歩いていける――。そんなふうに考える人に引き継いでもらうために。
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単行本p.233


 電柱の先端にはりついた白い繭からこぼれ落ちた色とりどりの石。語り手はその一つを口に入れてみるが……。虚構と物語、そしてそれらを生みだす作家についての寓話。


『冷凍みかん』(恩田陸)
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「――そんな馬鹿な」
 Kが怯えたような声を上げた。
 それは、どうみても世界の地図だった。みかんの大きさと色をした、地球儀のミニチュア。それが、霜のついた冷凍みかん三個と一緒に赤い網袋に入っているのである。
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単行本p.245


 田舎の寂れた駅の売店、そこにある古い古い冷凍庫の底にあった冷凍みかん。赤い網袋に四つのかちかちに凍ったみかんが入っている。だが、その一つは特別なものだった。溶けたら地球が終わる。懐かしい冷凍みかんとそれにまつわる子供の頃の空想をストレートに描いた作品。



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『数学の真理をつかんだ25人の天才たち』(イアン・スチュアート、水谷淳:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 生まれつきの数学者に数学をやめさせるには、牢屋に閉じ込めるくらいしかないが、それでも壁を引っかいて数式を書くだろう。
 本書で紹介した偉人たちは、つまるところその点でみな共通している。彼らは数学を愛していた。数学に取りつかれていた。ほかのことはいっさいできなかった。もっと稼げる仕事をあきらめ、家族の忠告に背き、多くの仲間から変人扱いされても気にせずに努力を重ね、評価も見返りも得られずに死んでいくことも厭わなかった。第一歩を踏み出すためだけに、何年ものあいだ無給で講義をおこなった。偉人たちは、突き進んでいたからこそ偉人なのだ。
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単行本p.416


 数学においては、真理は永遠である。証明された定理は未来永劫に渡って否定されない。こうした永遠の真理を見つけたのは、実際のところ、どのような人々なのだろうか。数学史に輝かしい業績を残した数学者から25名を選んで、その生涯と業績の意義を分かりやすく紹介してくれる一冊。単行本(ダイヤモンド社)出版は2019年1月、Kindle版配信は2019年1月です。


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 世界中の黒板やホワイトボード、そしてもちろんナプキンや、ときにテーブルクロスには、難解な記号や奇妙ないたずら書きがぎっしり書き込まれている。そうしたいたずら書きは、10次元多様体から代数的数体まであらゆるものを表わしているのかもしれない。
 アダマールの推算によると、数学者のうちおよそ90パーセントは視覚的に考え、10パーセントは形式的に考えているという。私の知り合いに一人、3次元の形をイメージするのが苦手な一流のトポロジー学者がいる。万人に共通する「数学的知性」など存在しない。みな服のサイズが違うのと同じだ。
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単行本p.412


 25名の数学者について、その人生や人柄、エピソード、業績とその意義を、数学にそれほど興味のない読者にも楽しめるように語ってくれます。何しろ著者イアン・スチュアートは、難しい数学の話題を誰にでも楽しめるように解説する名手。これまでに紹介したことのある著作はこちらです。


2018年06月07日の日記
『無限』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-06-07

2010年09月09日の日記
『数学の魔法の宝箱』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-09-09

2010年06月09日の日記
『数学の秘密の本棚』
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-06-09


 本書を一読すれば、数学者のイメージが変わるでしょう。例えばアイザック・ニュートンには、(善かれ悪しかれ)ごく一般的なイメージとは別に、こういう一面があったのかと。


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 ニュートンは、ドアに穴を開けてそこにフェルトの切れ端を吊り下げた。キャットフラップの発明だ。その猫が子供を産むと、ニュートンは大きい穴の隣に小さい穴を開けてやったという。
(中略)
 錬金術に関するニュートンの文書はおそらく実験室の火事でほとんど失われ、20年におよび研究の結果は煙となって消えてしまった。飼っていた犬が原因だったらしい。ニュートンはその犬に、「おいダイヤモンド、ダイヤモンド、おまえは自分がしでかしたことがぜんぜんわかっていないのか」と叱ったと言われている。
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単行本p.86、97


 多くの項目は、決めゼリフというか、その人物を的確に評した(多くの場合、他の著名数学者の)言葉の引用で終わっており、かっこいいのです。


レオンハルト・オイラー
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 ラプラスは、オイラーの果たした役割を次のように見事に総括している。「オイラーを読め。とにかくオイラーを読め。彼は我々すべての師だ」
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単行本p.114


オーガスタ・エイダ・キング
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 1843年にバベッジはエイダのことを次のように評している。「この世とそのあらゆる困難、そしてできれば大勢のぺてん師のこと、要するにすべての事柄は忘れよう。しかし数の魔女のことは忘れてはならない」。
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単行本p.196


エヴァリスト・ガロア
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 ポアンカレはあるとき、群は「数学全体」をその真髄まで削ぎ落としたものであるとまで語った。大げさな言葉だが、気持ちはわかる。
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単行本p.183


ベルンハルト・リーマン
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 素数の壮麗な交響曲も、ゼータ関数の一つ一つの零点が奏でる個々の「音程」に分解される。それぞれの音程の大きさは、それに対応する零点の実部の大きさによって決まる。(中略)リーマンはゼータ関数に関する深い考察をおこなったことで、素数の音楽家とみなされているのだ。
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単行本p.231


[目次]
1. アルキメデス
    私の描いた円を乱すな
2. 劉徽
    道の師
3. ムハンマド・アル=フワーリズミー
    アルゴリズミはこう言った
4. サンガーマグラーマのマーダヴァ
    無限の革新者
5. ジローラモ・カルダーノ
    ギャンブルをする占星術師
6. ピエール・ド・フェルマー
    最終定理
7. アイザック・ニュートン
    世界の体系
8. レオンハルト・オイラー
    我々すべての師
9. ジョゼフ・フーリエ
    熱を操る者
10. カール・フリードリヒ・ガウス
    見えない足場
11. ニコライ・イワノヴィッチ・ロバチェフスキー
    ルールを曲げる
12. エヴァリスト・ガロア
    根と革命化
13. オーガスタ・エイダ・キング
    数の魔女
14. ジョージ・ブール
    思考の法則
15. ベルンハルト・リーマン
    素数の音楽家
16. ゲオルク・カントール
    連続体の枢機卿
17. ソフィア・コワレフスカヤ
    初の偉大な女性
18. アンリ・ポアンカレ
    怒濤のように浮かぶアイデア
19. ダフィット・ヒルベルト
    我々は知らなければならない、我々は知ることになろう
20. エミー・ネーター
    学問の慣例を覆す
21. シュリニヴァーサ・ラマヌジャン
    公式人間
22. クルト・ゲーデル
    不完全で決定不可能
23. アラン・チューリング
    この機械は停止する
24. ブノワ・マンデルブロ
    フラクタルの父
25. ウィリアム・サーストン
    裏返しにする



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『おどろいた りす』(マーガレット・ワイズ・ブラウン:著、イーラ:写真、戸澤柊:翻訳) [読書(小説・詩)]

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あるひ りすは いいました
ぼくは せかいを みにいくよ

ねこは たずねます  だれと? どこへ?
また ちゃんと あえるかな?
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 『二ひきのこぐま』の写真家イーラと、『おやすみなさいおつきさま』の絵本作家マーガレット・ワイズ・ブラウンによる驚くべき写真絵本。単行本(文遊社)出版は2018年12月です。


 子猫と一緒に暮らしていたリスが旅に出て様々な動物に出会う、という物語ですが、驚異的なのはそのモノクロ動物写真の美しさ。子猫が跳び、リスが宙を舞う。様々な動物がリスと「共演」します。どの写真も鮮烈で、躍動感にあふれ、とにかく目が放せません。もちろん子猫かわいい、「猫拳」の原点。


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やっと ねこに あえました
ねこは りすに あえました
まあ!  と りす
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 子どものための写真絵本ですが、ぜひ書店でページを開いてその視覚イメージをご確認ください。



タグ:絵本
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『光と私語』(吉田恭大) [読書(小説・詩)]

 おしゃれな体裁、おしゃれでない青春。待望のいぬのせなか座叢書第三弾。単行本(いぬのせなか座)出版は2019年3月です。


 背表紙がなく、透明カバーを外すと表題も著者名も消えてしまう書物。あちこちに配置された現代美術っぽい灰色長方形。余白を存分にとったというかむしろ余白こそが主役ではないかと思わせる文字配置。おしゃれな平面から見えてくるのは地味な青春。うわさすがのいぬのせなか座叢書第三弾。ちみなに既刊の紹介はこちら。


2017年07月19日の日記
『地上で起きた出来事はぜんぶここからみている』(河野聡子)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-07-19


2017年09月21日の日記
『灰と家』(鈴木一平)
https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-09-21


 短文配置構造、クールな現代詩。そして第三弾は、地味な青春短詩です。


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泥のごと眠ればやがて干からびた泥の崩れるごとく目覚める
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日が変わるたびに地上に生まれ来るTUTAYAの延滞料の総和よ
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燃えるのは火曜と木曜と土曜。火曜に捨てる土曜の残り
――――
カキフライかがやく方を持ち上げて始発、東西線に投げ込む
――――
カロリーをジュールに変えてゆく日々の暮らしが骨と骨の隙間に
――――
ここはきっと世紀末でもあいている牛丼屋 夜、度々通う
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コンビニを並べていけばそれぞれにあかるい歌が聞こえる町だ
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ドアに鍵、ドアにドアノブ、ドアノブに指紋、指紋、指紋、笑えよ
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ぞうがめの甲羅を磨く職人の家系に生まれなかった暮らし
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 性的なことも書かれるのですが、相聞歌にはほど遠く、即物的というか虚しいというか、そもそも相手の存在が見えない。


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のぞみなら品川名古屋間ほどの時間をかけて子孫をつくる
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最中には右脳の側で市が立ち左脳から沢山人が来る
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PCの画面あかるい外側でわたしたちの正常位の終わり
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運転手も車掌も僕だ 乗客はないから君の布団でねむる
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 動物が話題になるときでも、どこか殺伐とした印象が残ります。


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ジョージは死して甲羅を残し、国中の鬼祭を網羅するウィキペディア
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白亜紀を生き残らない生き物が教育テレビの向こうで暮らす
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犬猫は架空のことを話さない。それを踏まえて灯るコンビニ
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トラのいる檻でボタンを押して鳴るさびしい時のトラの鳴き声
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脚の長い鳥はだいたい鷺だから、これからもそうして暮らすから
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 誰もが聞いたことのあるフレーズを巧みに流用した作品も心に残ります。


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「西。東日本各地に未明から断続的に非常に強い」
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明日の各地のわたくしたちの/断続的に非常に強い
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九月尽 ここがウィネトカなら君は帰っていいよ好きなところへ
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『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』(ピーター・ゴドフリー=スミス、夏目大:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 頭足類は、無脊椎動物の海に浮かぶ孤島のような存在である。他に彼らのような複雑な内面を持つ無脊椎の生物は見当たらない。人類と頭足類の共通の祖先は遠い遠い昔の単純な生物だったから、頭足類は大きな脳も複雑な行動も、私たちとはまったく違った実験を経て進化させてきたことになる。頭足類を見ていると、「心がある」と感じられる。心が通じ合ったように思えることもある。それは何も、私たちが歴史を共有しているからではない。進化的には互いにまったく遠い存在である私たちがそうなれるのは、進化が、まったく違う経路で心を少なくとも二度、つくったからだ。頭足類と出会うことはおそらく私たちにとって、地球外の知的生命体に出会うのに最も近い体験だろう。
――――
単行本p.9


 研究者をひとりひとり識別し、嫌いな人間には水を吹きつけ、実験器具で遊び、ときにわざと壊して邪魔をする。純粋な好奇心で人間に接触したり、カラフルな表皮色彩言語で情報発信したりする。
 タコやイカなどの頭足類は私たち人間とはまったく無関係に進化した「知能」や「心」を持っている。進化の道筋も脳構造もまったく異質な生物が、なぜ私たちと似た能力を獲得し、「気持ちが通じ合う」体験すら共有できるのか。タコの意識に関する考察を通して、神経系から心や意識が生ずる秘密に迫る異色のサイエンス本。単行本(みすず書房)出版は2018年11月、Kindle版配信は2018年12月です。


――――
 人間にとってタコ、イカなどの頭足類は、独立して進化を遂げたにもかかわらず、同じようなmindを持った非常に不思議な生物だ。この点だけを見れば、ほとんど「異星人」と同じということになる。(中略)本書を読んでいると、私たち人間という存在、そして人間の持つ心や知性を「相対化」できる。私たちとはまったく別の進化を遂げ、まったく異質なmindを持つ生物について知ると、生物には、またmindには自分たちとは別の可能性があり得るのだとよくわかる。そして相対化することで、自分のことがより深く理解できる。また、本書を読むと、私たちが海という広大な世界についてあまりにも無知だということも痛感させられる。宇宙を探検しなくても、異星人に遭遇しなくても私たちの身近にはたくさんの驚異がある。
――――
単行本p.252、254


[目次]

1. 違う道筋で進化した「心」との出会い
2. 動物の歴史
3. いたずらと創意工夫
4. ホワイトノイズから意識へ
5. 色をつくる
6. ヒトの心と他の動物の心
7. 圧縮された経験
8. オクトポリス


1. 違う道筋で進化した「心」との出会い
――――
 私はどの生物についても、その主観的経験がどう進化したかに関心を持っている。しかし、本書で何より注目するのは頭足類だ。私が注目するのは、頭足類という生物に驚くべき特徴があると考えるからである。もし彼らに話ができたら、きっと私たちに多くのことを話してくれるだろう。ただ、理由はそれだけではない。私が頭足類のことを書きたいのは、私の哲学的探求に彼らが大きな影響を与えてきたからだ。(中略)哲学には他者の持つ「自我」について考える「他我問題」というのがあるが、タコはこの他我問題の格好の題材と言える。これ以上の題材はないかもしれない。
――――
単行本p.11


 人類とはまったく異質な進化の道筋と脳構造から生ずる「知性」と「心」を持った頭足類を研究することにより、主観的体験や自意識がどのように進化してきたのか、そのような能力はどのようにして生み出されているのか、などの問題に光を当てることが出来る。本書全体のテーマを示します。


2. 動物の歴史
――――
 エディアカラ紀にも、何種類もの動物が同じ環境の中で共存していたことは間違いない。だが、動物たちが周囲の他の動物たちと深く関わることはなかった。カンブリア紀には、どの動物も、他の動物にとって環境の重要な一部となる。動物どうしの関わり合い、そして、それに伴う進化、いずれも、結局は動物の行動と、行動に使われる装置の問題ということになる。この時点以降、「心」は他の動物の心との関わり合いの中で進化したのだ。
――――
単行本p.42


 心や知性の進化的起源はどこにあるのか。エディアカラ紀からカンブリア紀にかけての生物進化の歴史を概説します。


3. いたずらと創意工夫
――――
 タコに何ができるのかを見ようとすると、すぐに難題に突き当たることになる。まず問題なのは、学習や知性に関して実験室内で行われた多数の研究の結果と、タコの行動に関して知られる数々の逸話の間に矛盾が見られるということだ。偶然、タコがこのようなことをするのを見た、というような逸話が数多くあるのだ。もちろん、これは動物心理学の世界ではよくある話である。ただ、タコの場合、その矛盾があまりにも大きいということだ。
――――
単行本p.61


 人間ひとりひとりの顔を識別し、嫌いな人間には水を吹きつけるなど嫌がらせをする。実験室内の電球を消す。飼育担当者の顔をじっと見つめながら、気に入らない餌をこれ見よがしに捨ててみせる。水流を利用した遊びを発明する。数々の逸話を持つタコの知能は、実際のところどのくらい高いのかについて解説します。


4. ホワイトノイズから意識へ
――――
 私たち人間のように複雑な脳を持った動物以外、主観的経験など持ち得ないのではないか。そう考える人は多いだろう。「その動物になったらどんな気分か」という問いは、そういう動物にだけ関係があるということだ。複雑な脳を持った動物は人間以外にもいる。しかし、哺乳類と鳥類だけで、それ以外にはいないだろう。これは、主観的経験を持ち得るのは「新参者」のみという考え方である。(中略)だが私は、「新参者」説の見方に異議を唱えることは十分に可能だし、別の観点から考察する価値は絶対にあると思っている。
――――
単行本p.112、113


 主観的経験を持っているのは、哺乳類や鳥類など「私たち人類と進化的に近い」種だけなのか。タコと人間を比較しながら、主観的経験や意識がどのようにして生ずるのかを考察します。


5. 色をつくる
――――
 頭足類は、歴史的に擬態の必要があったためか、非常に高い表現力を持つ。そしてテレビの画面のような機能を持つ皮膚は、脳に直結されている。その機能により、コウイカをはじめとする頭足類は、多数の信号を発する。生きている間は絶えず信号を発し続ける。この信号の少なくとも一部は、他者に見られるために進化したのだと考えられる。時には擬態のために、また時には敵や交尾の相手に見られるために。頭足類はそれ以外にも、皮膚という「スクリーン」を使って絶えず何かを話し、つぶやき、また偶然何かを表現しているように見える。
――――
単行本p.162


 イカの表皮は、テレビスクリーンのように鮮やかな色彩信号を発し続けている。たとえ周囲に他者がいなくても。頭足類のディスプレイが持つ意味について考えます。


6. ヒトの心と他の動物の心
――――
 外界の状況を感知し、外に向かって信号を発する能力が内面化して、ついには神経系を生んだ。それを進化史上の重要な内面化の一つとすれば、思考のための道具として言語が使われたのはまたもう一つの重要な内面化だった。どちらの場合も、自分以外の生物とのコミュニケーションの手段だったものが、自分の内部でのコミュニケーションの手段に変化したことになる。この二つは、どちらもここまでの認知機能の進化の歴史の中でも画期的な事件だった。
――――
単行本p.186


 神経系の発達、そして言語を使った思考。主観的経験や意識につながる進化はどのようにして起きたのか、その経緯について考察します。


7. 圧縮された経験
――――
 彼らに与えられた時間はあまりにも短い。この寿命の短さを知ってから、頭足類の大きな脳は私にとってさらに大きな謎となった。生きるのがわずか一年、二年なのに、これほど大きな神経系を持つ必要がどこにあるのだろうか。知性のための機構を持つコストは高い。それをつくるコストも、機能させるコストも非常に高くなる。大きい脳があれば学習ができるが、学習の有用性は、その動物の寿命が長いほど高くなる。寿命が短ければ、せっかく世界について学んでも、その知識を活かす十分な時間がない。ではなぜ、学習のために投資をするのか。
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単行本p.193


 大きな脳、発達した神経系を持っているにも関わらず、わずか数年で死んでしまう頭足類。なぜ彼らの寿命はこれほど短いのか。逆になぜ頭足類の学習能力は、それを活かすための時間がなさそうなのに、これほど高いのか。寿命をもたらす進化的な淘汰圧について考察します。


8. オクトポリス
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 タコが集まっている場所があるという話は以前から時々、耳にすることがあった。しかし、何年にもわたって、いつ訪れてもタコに会うことができ、タコどうしの交流もよく見られる、という場所はオクトポリスがはじめてだった。(中略)オクトポリスの生物の密度は、そのすぐ外の場所に比べて異常に高い。タコたちは、貝殻を集めるという行動により、自分たちの手で「人工的な」岩礁をつくったと言える。そして、この自らつくり上げた環境のおかげで、数多くのタコが一箇所に集中し、絶えず互いに交流しながら生きるという、通常よりも「社交的」な生活を送り始めたらしい。
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単行本p.216


 タコは単独行動する種だが、オーストラリアの東にある通称「オクトポリス」は例外だ。そこには多種多様なタコが集まり、互いに交流し、「社交生活」を送っているらしい。フィールドワークを通じて、タコには社会性がどれほど備わっているかという問題を探求します。



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