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『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』(高野秀行、清水克行) [読書(教養)]

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 それぞれ無意識に〈民族〉〈国家〉〈言語〉が主題になっている。本書は、二人のお気楽な読書体験録として読んでもらってもうれしいが、読みようによっては、そういった重要な問題群を考える何らかのヒントになるかもしれない。
 歴史をひもとけば、地球を駆けまわれば、私たちの社会とは異なる価値観で動く社会がたくさんある。「今、生きている世界がすべてではない」「ここではない何処かへ」という前著のメッセージに共感してくれた読者の皆さんの期待を、本書も裏切らない内容であると思うし、前著を読んでいない方々にもきっと楽しんでもらえるのではないかと思う。私たちの読書会の三人目の参加者として、どうか新たな超時空比較文明論を楽しんでもらいたい。
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単行本p.5


 日本中世の古文書を研究する歴史家。世界の辺境を旅するノンフィクション作家。それぞれ時間と空間を軸に「ここではない何処か」のあり方を探求してきた二人が、同じ本を読んでは互いに語り倒す知的興奮に満ちた一冊。単行本(集英社インターナショナル)出版は2018年4月、Kindle版配信は2018年6月です。


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 否応なしに正面からテーマ――辺境と歴史――に向き合わざるを得なかった。すると、これまでぼんやりと映っていた辺境や歴史の像(イメージ)がすごくくっきりと見える瞬間が何度もあった。解像度があがるとでもいうのだろうか。同時に、「自分が今ここにいる」という、不思議なほどに強い実感を得た。そして思ったのである。「これがいわゆる教養ってやつじゃないか」と。
 思えば、「ここではない何処か」を時間(歴史)と空間(旅もしくは辺境)という二つの軸で追求していくことは、「ここが今どこなのか」を把握するために最も有力な手段なのだ。その体系的な知識と方法論を人は教養と呼ぶのではなかろうか。
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単行本p.218


 話題作『世界の辺境とハードボイルド室町時代』の続編です。歴史や地理の教科書的な認識をぶちやぶり、知識の境界と世界観を大きく広げてくれる好著。読書好きにもお勧めです。全体は8つの章から構成されています。


[目次]

第1章『ゾミア』
第2章『世界史のなかの戦国日本』
第3章『大旅行記』全8巻
第4章『将門記』
第5章『ギケイキ』
第6章『ピダハン』
第7章『列島創世記』
第8章『日本語スタンダードの歴史』


第1章『ゾミア』
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清水 いや、面白かったですよ。これは逆転の発想ですよね。従来の人類学では、ゾミアの丘陵地帯に住む焼畑農耕民は「古い生活を残している人たち」と考えられてきたじゃないですか。むしろ、この人たちの現在の生活実態から前近代の生活を逆推したりしてきた。でも、ここで言っているのは、その見方を完全にひっくり返して、定住型国家から逃げていった人たちがそこに「戦略的な原始性」をつくり出したということですよね。

高野 事例や文献は以前からあったけど、多くの研究者は先入観を抱いていて、平地国家が発達させた文明の恩恵にあずかれなかった人たちが山間部に残ったというふうにしか見てこなかったということですよね。

清水 この本を読むと、そういう歴史観が成り立たなくなりますよね。彼らはある時期から意図的に「未開」に立ち戻ったんだ、ってわけでしょ。やっぱり研究者によっては拒絶反応を示す人もいるんじゃないですか。
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単行本p.16

 中国西南部から東南アジア大陸部を経てインド北東部に広がる丘陵地帯に暮らす山地民を「未開で遅れた人々」とする従来の発想を逆転させ、彼らは国家から逃れるためにあえて文明から距離を置いたと見なす視点。国家と文明についての対話が始まります。


第2章『世界史のなかの戦国日本』
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清水 グローバルヒストリーって記述が大味なんですよね。もちろん、疫病とか飢餓とか地政学とか人智を超えた要素を歴史叙述の中に組み込んだという功績は大きいし、そこは面白いと思うんだけど。あんまり出来の良くないクローバルヒストリーって、結局、国家間の主導権争いであり、パワーゲームに終始するじゃないですか。
 だけど、この『世界史のなかの戦国日本』は、そういのからこぼれ落ちる世界に目を向けているし、そういう歴史の方が僕はリアルで面白いと思うんです。

高野 こぼれ落ちるわりには広い世界ですしね。海に向かって開いているから。

清水 そうそう。年表風に政治的な出来事だけを並べていくと、それだけで世界史がなんとなくわかるような気もするけど、実は国家が押えているエリアって案外狭い。こぼれ落ちている世界のほうがよっぽど広いかもしれない。
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単行本p.66

 蝦夷地、琉球、対馬など、教科書的な日本史では注目されることの少ない「周辺」の歴史を取り上げ、それを世界史な文脈でとらえ直す本。国家を中心に考える従来の史観をひっくり返すことから見えてくる、広大でダイナミックな世界についての対話が始まります。


第5章『ギケイキ』
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高野 源義経をはじめとする登場人物は、みんな現代のすごく俗っぽい言葉で語ってますけど、当時の人たちがしゃべっていた感じに実は近いんじゃないかなと思いました。

清水 僕もそう思いました。もちろん、このまんまということはないですけど、中世のスピリットみたいなものをくみ取ったセリフになっていますよね。それと、この義経の、なんていうんでしょう、無軌道で破天荒なところ、ここなんかも中世人らしく描写されています。

高野 『ギケイキ』では、『義経記』には書かれていないことを義経自身が説明している箇所も多いですよね。

清水 そうそう。それがかなり適切な説明なんですよ。

高野 『ギケイキ』は義経の魂が現代も生きているという設定だから、中世を俯瞰で説明できるわけですよね。
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単行本p.122、124

 室町時代初期の軍記物『義経記』をぶっちぎり現代文学として語り直したギケイキパンク長篇小説を通じて、日本中世のリアルについての対話が始まります。本書で取り上げられている書物のうち、個人的に読んでいたのは本書だけでした。ちなみに紹介はこちら。

  2016年07月05日の日記
  『ギケイキ 千年の流転』(町田康)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2016-07-05


第6章『ピダハン』
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清水 僕がまずびっくりしたのは、ピダハン語には数の概念がないっていうことですね。それから左右もない。彼らは方角を川の「上流」「下流」で表すんですよね。

高野 他のアマゾンの民族みたいに体に羽飾りをつけたりペインティングしたりしない。たぶんそれは儀礼や呪術がないからで、つまり、ピダハンには非日常がないんですね。だって神もいないし、創世神話もないんだから。

清水 ハレとケがないんだ、そもそも。
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単行本p.144

 アマゾン奥地に暮らすピダハンの人々の特異な文化。数も左右の概念もなく、呪術や儀式や宗教など非日常的なものもなく、具体的な直接体験しか話さない人々。外界との接触も多く交易を通じて文明の利器も手に入れながら、なぜこんなに異質な文化が保たれてきたのか。人類文化の幅広さと言語の普遍性をめぐる対話が始まります。


第7章『列島創世記』
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高野 この本では、旧石器時代、縄文時代、弥生時代、古墳時代までが、文字がなかった時代として一つにくくられていて、近年、発達している認知考古学というアプローチで描かれているわけですよね。

清水 ええ。かつてのマルクス主義を支えた唯物史観では、歴史を動かすのは生産力や生産関係だと考えられてきたんですが、認知考古学では「ホモ・サピエンスの心」に着目するんですね。松木さんの場合は、土器の造形美とかデザインとか、そういうものの変化に目を向けている。
 キーワードは「凝り」ですよね。人が石器や土器などに、実用としての必要性以上に手を加えてメッセージ性を付与することをそう表現しています。

高野 「凝り」って、すごい言葉ですよね(笑)。
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単行本p.169

 石器や土器などのモノの造形と変化から、ヒトの心や行動や社会を読み解いてゆく。認知考古学の手法を駆使して追求された文字以前の日本古代社会、そのあり方についての対話が始まります。



タグ:高野秀行
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『知性は死なない 平成の鬱をこえて』(與那覇潤) [読書(教養)]

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 当初は知識人の好機ともみられていた、世界秩序の転換点でもある平成という時代に、どうして「知性」は社会を変えられず、むしろないがしろにされ敗北していったのか。
 精神病という、まさに知性そのものをむしばむ病気とつきあいながら、私なりにその理由を、かつての自分自身にたいする批判もふくめて探った記録が、本書になります。
(中略)
 読んでくださるみなさんにお願いしたいのは、本書を感情的に没入するための書物に、してほしくないということ。むしろ、ご自身がお持ちの知性を「再起動」するためのきっかけにしてほしいと、つよく願っています。
 なぜなら、知性はうつろうかもしれないけれども、病によってすら殺すことはできない。知性は死なないのだから。
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単行本p.14


 知性はどうして社会を変えられなかったのか。話題作『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』などの著者が、重度の双極性障害(躁うつ病)による知性喪失という試練を乗りこえ、知性主義の限界を分析した一冊。単行本(文藝春秋)出版は2018年4月、Kindle版配信は2018年4月です。


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 「平成時代」とは、どんな時代としてふり返られるのでしょうか。
 ひとことでいえば、「戦後日本の長い黄昏」ということになるのではないかと、私は思います。
 この30年間に、戦後日本の個性とされたあらゆる特徴が、限界を露呈し、あるいは批判にさらされ、自明のものではなくなりました。(中略)すくなくとも平成という時代が、戦後日本にたいする再検討とともにあり、最後の総仕上げとしての改憲問題を積みのこしつつ、閉じられようとしていることについては、多くの読者の同意を得られるものと思います。

 自明とされてきた秩序がゆらぐ時代とは、ほんらい知性への欲求がたかまるときでもあります。じっさいに平成には、大学教員をはじめとする多くの知識人が、「なぜ戦後日本がいきづまったのか」を分析し、その少なくない部分が、みずからの望む方向に現実を変えようと、具体的な行動にでました。
 しかしその結果は、死屍累々です。(中略)ほとんどの学者のとなえてきたことは、たんに実現しないか、実現した結果まちがいがわかってしまった。そうしたさびしい状況で、「活動する知識人」の時代でもあった平成は、終焉をむかえようとしています。
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単行本p.8、10


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 なぜ、知識人とよばれる人びとは、社会を変えられなかったのか。どうして、変革の時代であったはずの平成が、このような形でおわろうとしているのか。
 それはけっして、日本の一般国民の「民度が低い」からではありません。ましてや、あまり知的でない一連の書籍に書かれているような「外国の陰謀」によるものでもありません。
 病気を体験する前の私自身をふくめて、知識人であるか否かをとわず、多くの人々が考える「知性」のイメージや、それを動かす「能力」を把握する方法自体に、大きな見落としがあったのではないか。逆にいえば、知性というもののとらえかた、能力のあつかいかたを更新することで、私たちはもう一度、達成しそこねた変革をやりなおせるのではないか――。
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単行本p.17


 全体は6つの章から構成されています。

「第1章 わたしが病気になるまで」
「第2章 「うつ」に関する10の誤解」
「第3章 躁うつ病とはどんな病気か」
「第4章 反知性主義とのつきあいかた」
「第5章 知性が崩れゆく世界で」
「第6章 病気からみつけた生きかた」


「第1章 わたしが病気になるまで」
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 こうして私は精神病の患者となりましたが、それを皇太子来学騒動で惨状を呈した進歩的な大学人たちの「被害者」だというふうにとられるのは、本意ではありません。くりかえし書いてきたように、「だれが被害者なのか」というのは、しばしば容易にひっくり返るのです。
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単行本p.51

 発症前の自身の経歴について大雑把に紹介しつつ、大学における知識人たちの振る舞いに批判を加えてゆきます。


「第2章 「うつ」に関する10の誤解」
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 この章では、なかでも多くの人がおちいりがちだと思われる、10種類の「うつに関して広く流布しているが、正しくない理解」をとりあげ、精神科医を中心とした専門家による文献を典拠として注記しながら、ひとつひとつ、どこがまちがいかをあきらかにしていきたいと思います。
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単行本p.54

 「過労やストレスが原因」「なりやすい性格がある」「遺伝する」「認知療法が効く」など、うつ病に関する様々な俗説や思い込みを取り上げ、専門家の知見を紹介してゆきます。


「第3章 躁うつ病とはどんな病気か」
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 問題はたんに「感情的な身体が、理性的な言語をしたがえてしまう」点にあるのでも、ないことがわかります。むしろ私たちにはしばしば、「感情的な言語が暴走して、身体をひきずっていってしまう」ことすら起きる。
 だとすれば言語か身体かのどちらかを悪者にしたてても、問題は解決しない。むしろ言語も身体も、どもに狂ってしまう可能性があることをみとめ、両者の関係が機能不全におちいるメカニズムを探求することでしか、私は私自身の病を理解できないのではないか。
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単行本p.116

 自身の病について考え、その「意味」について考えるなかで、言語と身体の相剋というテーマが浮かび上がってきます。


「第4章 反知性主義とのつきあいかた」
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 より深いところで私は、この反知性主義というものをとらえそこなっていたと思います。それは、橋下氏や安倍氏の存在にあらわれているものが、基本的には「日本固有の問題」だと考えていたことです。
(中略)
 かりに、日本にハーバードやオクスフォード級の大学があったところで、問題はなにも解決しない。というか、大学なり知識人なりといった存在そのものに、社会的な意義なんて、そもそもあったのか。
 そういう、日本固有ではなく「世界共通の問題」を前にして、私たちは平成という時代を終えようとしています。
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単行本p.138、139

 「反知性主義の台頭」という先進国に共通する問題を、どのように理解すればいいのか。大学の機能不全と合わせて、知性主義の敗北について考えます。


「第5章 知性が崩れゆく世界で」
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 ソ連の社会主義であれアメリカの自由主義であれ、超大国のインテリたちがグランドデザインを描こうとしてきた、言語によって普遍性が語られる世界秩序にたいする、身体的な――4章のことばでいえば、反正統主義ないし反知性主義的な反発。
 その力は最初に、ソビエト帝国としての社会主義圏を崩壊させ、およそ30年後にいま、アメリカ合衆国の帝国版たるパクス・アメリカーナを、瓦解させようとしている。
 そういう目でみることで、はじめて目下の世界で起きていることが理解できるのだと、私は感じています。
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単行本p.195

 言語と身体の相剋、帝国と民族の相剋。反知性主義の台頭を「帝国」の終焉過程という大きな歴史的文脈のなかに位置づけるという、いかにも『中国化する日本』の著者らしい論が展開されます。


「第6章 病気からみつけた生きかた」
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 大学の学者がいかに「反知性主義」をなげこうとも、世論の流れを変えられないように、人びとのあいだに「能力の差」はつねにあるのです。
 その差異が破局につながらず、むしろたがいに心地よさを共有できるような空間をデザインする知恵こそが、いまもとめられています。
(中略)
 冷戦下では両極端にあるとされてきた、コミュニズムとネオリベラリズムの統一戦線――いわば「赤い新自由主義」だけが、真に冷戦が終わったあと、きたるべき時代における保守政治への対抗軸たりうると、私は信じています。
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単行本p.252、275

 帝国の終焉、冷戦の終わり。来るべき時代に、知性はどのように使われるべきなのか。自らの治療体験にもとづいて、知性というもののとらえかた、能力のあつかいかたを更新する道を探ります。



タグ:與那覇潤
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『世界を変えた50人の女性科学者たち』(レイチェル・イグノトフスキー、野中モモ:翻訳) [読書(教養)]

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 あらゆる差別を解消し、貧困の苦しみをなくして、誰もが好きなことを自由に学べる社会を築くこと。科学が誰かを傷つけるために利用されるのではなく、様々な問題を解決し、困っている人を助ける平和な世界を実現すること。こうした理想を目指して努力することの大切さを、勇敢な女性科学者たちの人生は教えてくれます。
(中略)
 女性たちは人口の半分を占めており、その頭脳の力を無視してはなりません――人類の進歩は私たちが知識と理解を絶えず求め続けることができるかどうかにかかっています。この本の女性たちは、性別や人種や育ちにかかわらずどんな人でも偉大な仕事を成しとげることができるのだと世界に証明しました。彼女たちの偉業は生き続けます。今日も世界中の女性たちが、勇敢に研究に打ちこんでいます。
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単行本p.3、117


 世界を一変させるような偉大な業績を残しながら、歴史の陰に隠れて無視されがちな女性科学者たち。差別と偏見に行く手を遮られながら、決して諦めなかった女性科学者50人の生きざまを紹介してくれる絵本。単行本(創元社)出版は2018年4月、Kindle版配信は2018年4月です。


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 その昔、女性が教育を受ける機会が制限されるのは決して珍しいことではありませんでした。女だという理由で科学論文を発表するのが許されないこともよくありました。女たちは夫に養われる良い妻そして良い母になることしか期待されていなかったのです。多くの人々は、女性は男性ほど賢くないと思っていました。この本の女性たちは自分のやりたい仕事をするためにこうした固定観念と闘わなければならなかったのです。(中略)女性たちがようやく高等教育を受けられるようになっても、そこにはたいてい落とし穴がありました。彼女たちはしばしば仕事をする場所も研究資金も与えられず、何より存在を認められませんでした。
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単行本p.6


 世界史上最も偉大な古生物学者、世界初のコンピュータプログラマー、アポロ計画を成功に導いた計算手、別々の学問分野でノーベル賞を二度受賞した唯一の科学者、すべて女性だった。原子核分裂、同位体の存在、パリティ保存則の破れ、ダークマターの存在、性決定の仕組み、DNAの二重らせん構造、トランスポゾン、発見したのはすべて女性だった。

 偏見と闘い、研究人生を貫いて、偉大な業績を残してくれた女性科学者たちの生きざまを、子どもたちにも分かりやすく伝えてくれる絵本です。ともすれば「女性は科学者に(理系に)向いていない」という偏見にさらされ、表向きは男女平等を唱えながら実際には陰湿な差別構造が温存されていることが多い科学者コミュニティのなかで日々闘っている女性科学者、女性科学者に憧れる学生や子ども、そしてもちろん研究評価や予算配分を決定する立場にいる偉い人(その大半が男性)に、ぜひ読んでほしい一冊です。



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『宝石 欲望と錯覚の世界史』(エイジャー・レイデン、和田佐規子:翻訳) [読書(教養)]

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 宝石には力があるように見える。世界を何度も何度も作り変える力があることは確かだ。だが、それらは単なる物質にすぎない。殺すことができる物質でもない、癒やすことができる物質でもない。何かを建設することや、考えることができる物質でもない。
 宝石の目的、宝石の本質はただ一つだ。人間の眼を釘付けにすることと、反射することだ。ちょうどそれは宝石の光を放つ表面のようだ。宝石はただ一つの真の力を持っている。宝石は人間の欲望を映し出し、反射して人間に投げ返してくる。そうして、自分がどんな人間なのかを突きつけてくるのだ。
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単行本p.359


 マンハッタン島をガラス玉と交換した原住民は、はたして「騙された」のか。ダイヤモンドの婚約指輪の価値は誰が作り出したのか。スペイン帝国の盛衰と新大陸のエメラルド、フランス革命とマリー・アントワネットの首飾り、大英帝国を築き上げた一粒の真珠、そして世界の真珠市場を一夜にして支配した日本人。世界史の様々なエピソードの背後にある、宝石と価値と欲望の本質を追求した一冊。単行本(築地書館)出版は2017年12月です。


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 ここに集めた物語はどれも美しいものやそれを求めた男や女の物語だ。欲求と所有とあこがれ、貪欲の物語だ。しかし、本書は美しいものを題材にした書物にとどまらない。欲望というレンズを通じて歴史を理解しようと企てるものである。また、希少性と需要の経済がもたらす驚くべき結果を眺めることにもなる。希少で熱烈に求められた宝石が個人の人生行路の上に、また歴史の上に、さざ波のように波紋を広げる効果について論じていく。宝石は文化を生みだし、王家による支配や、政治的軍事的紛争を生み出す原因ともなった。(中略)これは欲望の物語であり、欲望とは世界を変貌させる力を持っている。
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単行本p.6、8


 全体は8つの章から構成されています。

『第1章 マンハッタンを買い上げたガラスビーズの物語』
『第2章 「永遠の輝き」は本物か? 婚約指輪の始まり』
『第3章 エメラルドのオウムとスペイン帝国の盛衰』
『第4章 フランス革命を起こした首飾り』
『第5章 姉妹喧嘩と真珠
『第6章 ソヴィエトに資金を流す金の卵』
『第7章 真珠と日本 養殖真珠と近代化』
『第8章 タイミングが全て 第一次世界大戦と最初の腕時計』


『第1章 マンハッタンを買い上げたガラスビーズの物語』
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 マンハッタンの購入はアメリカ史の中でも最も異論が多く、繰り返し論争を引き起こしている事件の一つである。この破格の取引は史上最大の詐欺事件として後世に伝えられることとなった。(中略)しかしこの1626年にも、またその後の長い間も、売り手も買い手も両者ともに非常に満足していたことは最も驚くべきことだが、事実なのである。
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単行本p.19、20

 マンハッタン島をガラス玉と引き換えに購入した話は、まるで詐欺事件のように語られてきた。しかし、それは現代の価値観でものごとを見ることからくる錯覚だ。原住民は決して愚かだったわけでも、騙されたわけでもない。

 「ガラス玉の価値がマンハッタン島に匹敵すると判断されたのはなぜか」という魅力的な問いかけから始まります。そして、宝石の「価値」とは何なのか、誰が決めるのか、という本書全体を貫くテーマへとつながってゆくのです。


『第2章 「永遠の輝き」は本物か? 婚約指輪の始まり』
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 ダイヤモンドは永遠ではない。ダイヤモンドの婚約指輪が「必要な贅沢品」となっておよそ80である。私達は結婚という制度自体と同じくらい古いかのように、ダイヤモンドの婚約指輪の伝統を当然のことと考えている。しかし、そうではない。実際、電子レンジの歴史と同じくらいのものなのである。
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単行本p.49

 ダイヤモンドの価値はどこから来るのか。それは美しさからでも、硬さからでも、驚くべきことに希少性からでもない。ダイヤモンドは供給過剰であり、もし価格がコントロールされていなければすぐに市場は崩壊するだろう。ダイヤの価値という完全な幻想を作り上げた巧妙な宣伝戦略について解説します。


『第3章 エメラルドのオウムとスペイン帝国の盛衰』
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 市場が飽和状態となって、エメラルドが無価値となるに至って、スペインは決定的な転換点に到達した。歴史的な量で流れ込んだ財宝によりスペイン経済は供給過多となり、財宝自体が無価値となる事態に及んだ。1637年のオランダのチューリップ・バブルの崩壊のように、希少性効果が誘発した幻想は破られた。綺麗だけれど、どこにでもある石を自分達が取引していることに気がついた時、エメラルドの価値は霧消したのである。
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単行本p.116

 新大陸に到達したスペイン人は大量のエメラルドを略奪し、故国に運び込んだ。その結果、スペイン帝国は崩壊した。なぜだろう。エメラルドが歴史を変えた経緯を解説します。


『第4章 フランス革命を起こした首飾り』
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 呪われたダイヤモンドにまつわる物語はどれも同じだ。理由は、そのどれもがモラルを語る物語だということだ。たぶん人間は、そんなにも美しく、そんなにも高価な物をたった一人で所有しているということが想像できないのだ。しかし、何か宇宙的な、さらに隠された霊的な欠陥があるのだと思い込むことならできる。そこで人間は、呪われたダイヤモンドの物語をでっちあげて、富の不平等さに納得できる理由をつけるのだ。ホープ・ダイヤモンドのようなダイヤモンドの場合には、呪いや死、不幸の物語がまことしやかに立ち現れる。首飾り事件の場合、ダイヤモンドは暴力的な革命と一時代の終わりの始まりを焚きつけたのだった。
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単行本p.173

 フランス革命のきっかけとなったダイヤの首飾り。以来、マリー・アントワネットにまつわる数多くのダイヤが「呪いのダイヤ」として噂されることになった。妬みとゴシップとフェイクニュース、革命と呪いと宝石。人間の興味を惹き付けてやまない歴史が語られます。


『第5章 姉妹喧嘩と真珠
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 無敵艦隊の敗北はスペインの海上支配の終焉と、西欧列強の新しい勢力図、さらには英国の商業帝国としての幕開けを記念するものとなる。(中略)これは単に大英帝国の始まりと言うにとどまらなかった。まさに実際的意味において、商業帝国の誕生だったのである。
 そして、全ては一粒の真珠から始まったのだった。
――――
単行本p.180、224

 スペイン帝国の没落と大英帝国の興隆。その背後にあったのは、一粒の真珠をめぐる姉妹の意地の張り合いだった。宝石の象徴性がどれほどのパワーを持つかが明らかにされます。


『第6章 ソヴィエトに資金を流す金の卵』
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 ハマーは嘘つき、泥棒、裏切り者、戦争成金(冷戦であろうとも)、似非芸術家、見世物芸人、そのような人の最も悪い要素を集めたような人物だった。彼の頭脳明晰さは否定しがたいものがあり、驚くばかりの成功を収めた。(中略)ハマーの最も大きな信用詐欺は、ファベルジェ・エッグを利用して、捨てられたロマノフ王朝を巡る感情的な神話をアメリカに信じ込ませ、その王朝を倒した、まさにその者達に金をつぎ込んだことだった。そして結果的に彼らは後になって私達の仇敵となるのだ。
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単行本p.271

 ロシア革命後、ロマノフ王朝が抱えていた大量の宝飾品が米国に流れ込んだ。人々を魅了したのは宝飾品そのものというより、「ロマノフ王朝の悲劇」というロマンと伝説。そしてそれは、一人の詐欺師が仕組んだものだったのだ。


『第7章 真珠と日本 養殖真珠と近代化』
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 何千年という長きにわたって、完璧な真珠は手に入らないという考えのうえに真珠産業は築かれてきていた。しかし、御木本の真珠は完璧だった。実際、いわゆる「本物の真珠」よりも完璧だった。御木本の真珠は、より低価で全く見事だというだけでなく、数が豊富だったのである。養殖真珠は津波のように日本から押し寄せてきて、市場から競争をかき消してしまった。御木本の真珠が自然界から見つけ出された真珠と品質が同じだったとしても、その供給量の多さは真珠産業の存続に対して破壊的な威力となった。1938年のピーク時で日本には約350カ所の養殖場があり、年間生産量は1000万個だった。それに対して、天然の真珠は年間およそ数ダースから数百個の範囲で採集されていた。
――――
単行本p.309

 真珠の養殖に成功した日本は、瞬く間に世界中の真珠市場を支配するに到る。だが、その道のりは決して平坦なものではなかった。真珠の価値をめぐる宣伝とプロパガンダの熾烈な戦いに果敢に挑んだ御木本幸吉の伝記。


『第8章 タイミングが全て 第一次世界大戦と最初の腕時計』
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 これは虚栄心の強い伯爵夫人の発明品の物語である。ファッションに関わるたった一言で、その後、戦争を変え、現代人の時間の概念まで永久に変容させてしまうことになる物語だ。
――――
単行本p.324

 最新技術を駆使して作られた工芸品を身につけて見せびらかしたい。そんな欲望から生まれた「腕時計」という発明は、やがて近代戦争を遂行する上で必須のものとなり、私たちの時間感覚そのものを変えてしまうことになった。人間の欲望や妬みや虚栄心で世界を動かすのは必ずしも宝石とは限りません。



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『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』(ペネロープ・バジュー、関澄かおる:翻訳) [読書(教養)]

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 哀しみも、愛する喜びも、立ち向かい続ける強さも、私たちはみんなこの胸に持っています。でもいろんなことに忙殺される日々の中でそのことを忘れてしまって、まるで自分がひとりぼっちみたいに思えてしまったりもします。そんな時こそ、この『キュロテ』を開いて、聞いてください。あなたは、私たちは、ひとりじゃないよ。わかるよね? 紀元前の彼方、地球の反対側、はるか遠くから投げかけられ続けている声を。
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単行本p.147


 権力と命がけで戦った女性、ショービジネス界で一世を風靡した女性、不朽の名作を残した女性。社会の偏見に屈することなく、自由や誇りや愛を貫いてみせた偉大な女性たち。男のための「世界の偉人伝」からは無視される彼女たちの鮮烈な生きざまを、美しい絵と文章でうたいあげるグラフィックノベル。単行本(DU BOOKS)出版は2017年11月です。


 まずは、瀧波ユカリさんによる『臨死!!江古田ちゃん』のアグレッシブな解説から。


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 女はこのように笑い、怒り、楽しみ、泣き、哀しみ、絶望し、そして前へ進んでいく。どう? 物珍しいでしょう? だってこれは全て、あなたたち男性が見ようとしないこと、無視し続けていることなのだもの。馬鹿な女の赤裸々ストーリーだと思って、消費してくださってもかまいませんよ。そんなあなたたちの姿勢すら、ネタにして差し上げますから。そんな喧嘩腰なスタイルで、私はそのデビュー作を男性誌で10年描きました。
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単行本p.146


 偏見に屈しない女、好きなように生きる女、逆境の中で戦い続ける女。「男性が見ようとしないこと、無視し続けていること」、そんな女性の生きざまを描いたグラフィックノベルです。取り上げられている偉人は、次の15名。


・ヒゲで一世を風靡したバーの女主人 クレモンティーヌ・ドゥレ
・最強&最凶!列強の侵略から小さな祖国を守り抜いたアフリカの女王 ンジンガ
・“西の悪い魔女”を演じた、心優しきホラー女優 マーガレット・ハミルトン
・国の平和に身を捧げた美しき3姉妹 コードネーム: ラス・マリポサス(ミラバル姉妹)
・言葉通りの“永遠の愛”を貫いた女性 ヨゼフィーナ・ファン・ホーカム
・勇猛果敢なアパッチ族の女戦士 ローゼン
・“水中のヴィーナス”と呼ばれた、水着の開発者 アネット・ケラーマン
・アフリカ大陸を横断した初の女性冒険家 デリア・エイクリー
・人種差別と戦い、孤児救済に尽力した黒人ダンサー ジョセフィン・ベイカー
・大人気キャラクター「ムーミン」の生みの親 トーベ・ヤンソン
・古代ギリシャ初の女性医師 ハグノーディケー
・DV夫に別れを告げ、祖国を救った平和運動家 リーマ・ボウイー
・アメリカ最古の灯台を守った老女 ジョージナ・リード
・性別適合手術を世に知らしめた“女性" クリスティーン・ジョーゲンセン
・中国史上唯一の女帝 武則天(則天武后)


 絵と文章で描かれた伝記。最後に見開きでカラー絵がついているのですが、これが素晴らしい出来映え。個人的には、絵だけでなく、文章の力にも注目してほしい。ときにストレートに、ときに辛辣な皮肉をこめて、女性の功績をしばしば無視する社会に対して異議申し立てしてゆく。それは女性の読者を、男性の読者だって、勇気づけ、命を救う言葉なのだと思います。


――――
どうせ珍品扱いなんだから、と
人前では気さくで陽気な有名人を演じつつ
自らの尊厳を守り、女性としての人生を
淡々と歩んだクリスティーン

(ほら、笑って★)

好奇の目にさらされながらも
常に凛としていた

彼女は、ほかのみんなも
自分らしく生きられるように
あらゆる困難を乗り越え
自ら広告塔となったのだ

「世の中を変えたとまでは
言わないけど、時代のお尻を
けっ飛ばすくらいはしたわ」
――――
単行本p.133


――――
トーベはムーミンのすべてを
弟のラルスに託した
(以後、物語は彼が執筆した)

そして、残りの人生は
好きなように作品を描いて
タバコを吸って、旅をして
トゥーリッキとの時間に費やした

まるでムーミン一家がクレープを焼いて
ピクニックに出かけて、物語を語って
お互い世話を焼くように

ほかのことは
どうでもいいかのように
――――
単行本p.93


――――
武則天は81歳で崩御
墓碑には彼女の
生前の功績が刻まれる
はずだったけど――

いまだ何も
記されていない

何世紀もの間、歴史学者は
秘密警察や政敵排除のこと
ばかりを強調し、中国版・ハートの
女王のように描いてきた

「枕営業までしてたってよ!」

けど、見方を変えれば
武則天の短くはかない王朝は
政争を除いておおむね平和であり
様々な分野(芸術、社会制度改革
など)で、実は中国史上
最も進んでいた時代とも言える

逆に、何かというと
(アリエナイこととして)
彼女が“オソロシイ”、
“ガンコ”な“野心家”
だったとされるの……

歴史上、
皇帝のほぼ全員に
共通する性格
(で、ほめ言葉)
なんだけどね……

「中国史上、
たったひとりの女帝に
それを認めるのは
難しいらしいわ」
――――
単行本p.143



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