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『書店本事 台湾書店主43のストーリー』(郭怡青:著、欣蒂小姐:イラスト、小島あつ子・黒木夏兒:翻訳) [読書(教養)]

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 ここ数年間、台湾には文芸開花の風が吹いているように感じられる。景気が悪いと言われているにもかかわらず、それぞれの理想に満ちた小規模な書店は続々と、台湾のあらゆる街角に芽吹いている。
(中略)
 書店主たちは往々にして、ある種の使命感を背負っている。それぞれの書店にはそれぞれの物語や歴史があり、各店主の生命の歌を織りなしている。台湾をぐるっと一周する中で分かってきたこと、それはこの取材が時空を超えた人文科学の旅だということだ。店主の口から語られるストーリーは、書店ごとに異なっていた。私はそこからさまざまな知識のピースを見つけ出し、やがてそれらのピースは台湾近代百年の縮図を形づくった。
 特色ある書店とは、読書の多様性を形づくるピースだということだ。これが一番の根底である。
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単行本p.110、422


 誠品や金石堂のような大型チェーン店だけが書店ではない。台湾には様々な独立系書店が存在し、たとえ経営が苦しくとも、それぞれの理想と信念、そして誇りを持って書物を扱っているのだ。台湾全土をまわって小規模な独立書店を取材した、書物愛に満ち溢れる一冊。単行本(サウザンブックス社)出版は2019年6月です。


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独立書店がもたらすのは、豊富な知識の花。私たちは読書の画一化を拒み、多様性を死に物狂いで守っています。
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単行本p.120


 台湾各地にある43の独立系書店を取材した本です。それぞれの書店について、基本情報、取材した内容、店主の紹介とインタビューが掲載され、素敵なイラストがついています。どのページからも飛び出してくるのは、書店主の熱い言葉。


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 もしあなたがとても優れた本を、他の誰にも作れないような本を生み出したとします。その本が出版後に一冊も売れなかったとしても、重要なのは今売れるかどうかではなく、百年後にその本がどんな意味を持つかなんです!
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単行本p.83


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 私は花の種を撒いています。それはこの世で最も美しい花、つまり知識の花です。知識の花は永遠にいい香りを放ち、一人一人の心の中で大きく育つのです。
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単行本p.91


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 こういった書店を開くことでなんらかの理念を呼び掛けたり、人々に対して幾らかの影響を及ぼすことができると、そこまで思ったことはありません。それでも、ここは小さな、美しい“点”です。そういった美しい“点”がどんどん増えていけば、それが次々につながって、大きな美しい台湾が姿を現す。私はそう信じています。
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単行本p.318


 ここには、売れない本には出版する価値がないとか、売れてない作家がベストセラーを批判するなとか、そんな浅はかで幼稚なことをいう人はいません。どのページからも、書物に対する深い愛情と、文化の多様性を守っているという誇りがあふれており、深く心打たれます。熱意もすごい。


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 この場に流れているのは、台湾の女性たちの最も純粋な本音。ここは婦人解放運動にとっての文化的な前線基地であり、社会運動の情報プラットフォームなんです。……フェミニストと、社会的弱者に関心を持つ改革者とが並び立つための。
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単行本p.65


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 もし読んでみて面白くなかったら、台北-ヨーロッパの往復航空券を差し上げますよ!
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単行本p.86


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 本を自分の手元に置いておきたくて、店内にはたくさんの非売品があります。ここの店主は嫌な奴だと思っているお客さんもいらっしゃいます。怒り気味にどうして売らないものを棚に並べるんだ、って言われます。でも私が置きたいから店に並べているんです。
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単行本p.269


 書物愛はじける自由さもまぶしい。

 台湾観光のついでに書店併設カフェに立ち寄り、書物に囲まれてお茶やコーヒーを飲んでみたいという方。台湾における出版や書店の現状に興味がある方。異国の書店めぐりという(リアルな、あるいは少なくとも想像上の)旅をしてみたい方。そして、理想、信念、情熱、誇り、を持って生きるということを忘れがちなすべての方にお勧めします。


 最後に、『歩道橋の魔術師』(呉明益)、『父を見送る』(龍應台)、『星空』(幾米)など数々の台湾文学を翻訳紹介してくれた天野健太郎氏が、本書の企画に加わりながらも最後まで見届けることがかなわなかったことについて、訳者のひとりである黒木夏兒さんが書かれた文章を引用しておきます。


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 この打ち合わせと、その後の代々木駅まで僅か5分の道のりが天野さんとの「同じ土俵に立った翻訳者同士」としての最初で最後の時間になるとは思いもよらなかった。訃報が入って1週間くらいは、翻訳を続けようとするたび「どんなにいい翻訳をしても、もう天野さんには読んでもらえないんだ」という思いが涙とともに湧き上がってしまって、どうにもならなかった。
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単行本p.430



タグ:台湾
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『ショーン・タンの世界』(ショーン・タン、岸本佐知子、金原瑞人、他) [読書(教養)]

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タンは、私たちが普段は忘れていたり、見ないようにしていたり、目隠しされている現実や記憶を鮮やかにイメージに変え、私たちの心に困惑を残す。そして、タンの物語の住人は困惑を受け入れることの恐さや奇妙な心地よさを教えてくれる。
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単行本p.79


 <企画展>「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」(ちひろ美術館・東京、2019年5月11日~7月28日)に合わせて製作されたショーン・タンのガイドブック。単行本(求龍堂)出版は2019年5月です。


 企画展については次のページを参照してください。

  ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ
  http://www.artkarte.art/shauntan/


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ショーン・タンの作品は独特だ。親しみがあると同時に謎めいており、明快でありながら容易に理解し難いところがあり、ハートフルな面もあれば皮肉に満ちた面もあり、それらが見事に具現化されている。そんな彼の物語、絵画、彫刻などの作品は、白昼夢の中で構成されて現れたように見えるかもしれないが、実際のところ、多くの実験や遊びを通じた検証の末に作品化されている。
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単行本p.150


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 エリックやカラスのまなざしは伝染します。ショーン・タンの作りだす、不思議であたたかい、美しくてちょっと怖い、魔術的なのにどこかなつかしい世界を心ゆくまで味わって本を閉じると、なんだか世界が前とは少し変わって見えないでしょうか。いつもは気にも留めなかった物や、人や、出来事に、そう世界のはしっこに、前よりもすこし視力がよくなったような。
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単行本p.7


 130点におよぶ作品を掲載したガイドブックです。特に『アライバル』『ロスト・シング』『遠い町から来た話』『夏のルール』『内なる町から来た話(邦訳仮題)』については、それぞれ一章が割り当てられ、作品からの抜粋、習作やスケッチ、ノートなどの資料がぎっしりと並んでいます。未訳の最新刊『内なる町から来た話』の一部が掲載されているのが嬉しいところ。

 さらに油絵、立体造形、インタビューなど盛りだくさん。インタビューでは今後の予定が語られているところが素敵です。岸本佐知子さん、金原瑞人さんをはじめとするエッセイも収録。充実した一冊となっています。

 「ショーン・タンの世界展 どこでもないどこかへ」を観てから美術館付属ショップで購入することをお勧めしますが、一般書店でも購入できます。手に持っているだけで、何かの魔法を感じる素敵なガイドブックです。



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『9つの脳の不思議な物語』(ヘレン・トムスン:著、仁木めぐみ:翻訳) [読書(教養)]

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 本書に登場した人たちは特別な人々だが、願わくばその風変わりさではなく彼らの人間性に驚嘆し、彼らとの違いより共通点に驚いていただきたい。彼らは、我々はみな一人一人特別な脳を持っていると教えてくれた。我々にはボブのような頭脳はないが、誰しも過去を思い出し、数え切れない素晴らしい瞬間で心を彩ることができる。我々は存在しない音楽を聴いたり、宙に浮かぶカラフルなオーラを見たりはしないが、それでも幻覚は見ている。我々が感じる現実はその幻覚の上に成り立っているのだ。我々はジョエルほど他人の痛みをありありと感じることはないが、ミラーニューロンのおかげで、程度は違うがそれを感じることができる。
 我々はみな素晴らしく精巧な神経システムを持っているおかげで、強い愛情を感じ、他の人を笑わせ、誰とも違う、予想もつかない人生を作り出す力を持っている。
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単行本p.302


 完全記憶、脳内地図喪失、幻音楽、狼への変身、ミラータッチ共感覚。他人にはない特別な能力を持っている人々はそれをどう感じているのか、どのように生きてきたのか。特殊な脳を持つ人々に取材した驚愕のノンフィクション。単行本(文藝春秋)出版は2019年1月、Kindle版配信は2019年1月です。


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 人生のほぼすべての日のことを細大漏らさず、完璧に覚えているボブや、荒れた人生を送っていたのに脳出血を起こして以来、別人のように繊細で優しい性格になり、絵を描き続けるようになったトミー、他人にオーラのような色を感じるルーベンのように、その脳の特別さと共存し、ある意味楽しんでいる人たちもいれば、自宅内でも迷子になってしまうシャロン、頭の中で絶え間なく響く音やメロディに苦しめられているシルビアのように症状と戦い、想像を絶する苦労をしている人たちもいます。どれだけ不自由で辛い毎日であったのかは想像に余りあります。さらに自分が死んだと感じる絶望、なくなった手足があるはずだと感じたり、実際にはある手足がないと感じる激しい違和感などは、筆舌に尽くしがたい苦しみだと思います。
 相手の感覚を自分のものとして感じる能力がある医師のジョエルは、患者から見れば自分のことをよくわかってくれる名医ですが、本人の精神的、肉体的負担は想像もつかないほど大きいでしょう。また、日本の読者の中には突然、トラに“変身”してしまうマターのエピソードに、中島敦『山月記』を思い出す人もいるでしょう。
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単行本p.315


 オリヴァー・サックスの著作と同様、脳の高度機能の働きが他人とは違う人々について書かれた本です。「症状」についての最新知見も含まれますが、むしろ多くのページが割かれているのは、本人の人生や生活、主観体験を聞き出すこと。バラエティに富んだ「ユニークな脳」の世界を知るにつれて、逆に「平凡な脳」がどれほど高度なことを行っているのかが分かってきます。そして、私たち一人一人が見ている感じている世界が、思ったよりも大きく異なっているということも。


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 我々は脳の全てを理解しているとは言い難い。実際、我々が「高度な機能」と呼んでいる、記憶や意思決定や創造性や意識といったものについて、満足な説明がなされているとは決して言えない。(中略)わかっているのは、奇妙な脳はいわゆる「正常」な脳の謎を解くためのユニークな窓だということだ。こうした脳は我々みなの中にも特別な能力が隠されていて、解き放たれるのを待っていると教えてくれる。また、我々がそれぞれ知覚している世界はみな同じではないことを示してくれる。さらには自分の脳は今まで思っていた通り正常なのかという疑問まで抱かせる。
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単行本p.19


 全体は序章と終章に加えて9つの章から構成されています。


[目次]

序章 「奇妙な脳」を探す旅へ出よう
第1章 完璧な記憶を操る
  過去を一日も忘れない“完全記憶者”ボブ
第2章 脳内地図の喪失
  自宅で道に迷う“究極の方向音痴”シャロン
第3章 オーラが見える男
  鮮やかな色彩を知る“色盲の共感覚者”ルーベン
第4章 何が性格を決めるのか?
  一夜で人格が入れ替わった“元詐欺師の聖人”トミー
第5章 脳内iPodが止まらない
  “幻聴を聞く絶対音感保持者”シルビア
第6章 狼化妄想症という病
  発作と戦う“トラに変身する男”マター
第7章 この記憶も身体も私じゃない
  孤独を生きる“離人症のママ”ルイーズ
第8章 ある日、自分がゾンビになったら
  “三年間の「死」から生還した中年”グラハム
第9章 人の痛みを肌で感じる
  “他者の触覚とシンクロする医師”ジョエル
終章 ジャンピング・フレンチマンを求めて


第1章 完璧な記憶を操る
  過去を一日も忘れない“完全記憶者”ボブ
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 自分の過去についての記憶力が素晴らしいからといって、ほかの事柄を覚えるのも得意なわけではない。しかし彼にある一日について聞くのは、話がまったく違う。彼は40年前のある日のことを、昨日のように容易に思い出せる。その日のことはにおいや味やそのときの気持ちなど、様々な感覚を伴ってありありと思い出せるのだ。
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単行本p.40


第2章 脳内地図の喪失
  自宅で道に迷う“究極の方向音痴”シャロン
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 シャロンの“迷子”はだんだん頻繁になって、ついには一日中常に起こるようになった。道がわからないので、近所や学校に行くこともできなくなった。それなのにシャロンはこの問題を誰にも打ち明けなかった。その代わりに生来のユーモアと鋭い知性を駆使して、いつも迷子になっていることを誰にも知られぬまま学校を修了し、友達を作り、結婚までした。
「25年も隠していたのよ」
「25年も?」
「そう……魔女って言われると思っていたから」
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単行本p.62


第3章 オーラが見える男
  鮮やかな色彩を知る“色盲の共感覚者”ルーベン
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 じっさい、ルーベンは2005年まで、自分の共感覚に気づいていなかった。彼はグラナダ大学で心理学を勉強していた女性と親しくしていた。彼女は共感覚の研究に参加することになったと話してくれた。このとき彼は「共感覚」という言葉をはじめて聞いたので、彼女に説明してもらった。
 これまでの多くの人たちと同じように、ルーベンもなぜそれを調べなければならないのかわからなかった。
「僕は『ふーん、ふーん、で?』みたいな感じでした。そんなの普通じゃないか!って」
 友人は驚き、あなたは共感覚者かもしれないと言った。
「そう言ってから、彼女は真っ青になりました」ルーベンは言った。「思い出したんです、僕が色盲だってことを」
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単行本p.111


第4章 何が性格を決めるのか?
  一夜で人格が入れ替わった“元詐欺師の聖人”トミー
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「側頭葉に損傷のある人々が、言語能力を失っているのに異常に多弁になるケースはよく見られます。そういう人たちは自分の発言を、以前より厳しく判断しなくなっていることが多いです。我々はそれを“政治家の話し方”(ポリティシャン・トーク)と呼んでいます。たくさんの言葉を話していても、内容はないということです」
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単行本p.144


第5章 脳内iPodが止まらない
  “幻聴を聞く絶対音感保持者”シルビア
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 セスは以前こう語ってくれた。「我々の現実というのは、感覚によって抑制されている、コントロールされた幻覚にすぎないのです」あるいは心理学者クリス・フリスはこう言う。「それは、現実と一致している幻想です」
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単行本p.172


第6章 狼化妄想症という病
  発作と戦う“トラに変身する男”マター
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 彼女は興奮し、張り詰めた様子で救命救急部門にやってきたという。彼女は突然カエルのように跳びまわったかと思うと、ゲコゲコ鳴き、まるでハエを捕まえるかのように舌を勢いよく突き出した。別のケースでは、蜂になったという奇妙な感覚を持った女性が報告されている。彼女は自分がどんどん小さくなっていくように感じていたという。
 2015年の終わり頃、ハムディは私に、長年にわたって狼化妄想症にかかったり、治ったりを繰り返しているマターという男性患者がいるというメールをくれた。
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単行本p.183


第7章 この記憶も身体も私じゃない
  孤独を生きる“離人症のママ”ルイーズ
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 ルイーズが離人症に本格的に悩まされはじめたのは大学生のときからだった。悪夢を見ているときに、彼女は急に世界が遠くなり、自分が身体から抜け出たように感じた。宙に浮かんでいて、世界の一員ではなくなっていたという。この感覚は一度起こると数日続いた。
「そのうちに一週間続くようになり、それからもっと長くなっていった。ついにいつもその状態になってしまって、元に戻らなくなった」
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単行本p.215


第8章 ある日、自分がゾンビになったら
  “三年間の「死」から生還した中年”グラハム
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「私は死んでいる」ある出来事を機に脳がなくなったと感じたグラハムは、そう訴えて周囲を当惑させた。彼を検査した医師らには衝撃が走る。起きて生活をしているのに、脳の活動が著しく低下し、ほとんど昏睡状態にあったのだ。
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単行本p.230


第9章 人の痛みを肌で感じる
  “他者の触覚とシンクロする医師”ジョエル
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 ジョエルが病院という環境の中で、どうやって冷静さを保っていられるのか不思議だ。痛みを抱え、咳をし、嘔吐している患者を前にすると、彼は自分の肺が締めつけられる感じがするという。喉にチューブを挿管されている患者がいると、チューブが喉に降りていくにつれて声帯が押される感覚を味わうという。脊椎に注射をするときは、針がゆっくりと自分の腰に滑りこんでくる感覚があるという。(中略)ジョエルが初めて人の死を目撃したときは、そこで自分が何を感じるのかわかっていなかった。
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単行本p.275、277



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『文系と理系はなぜ分かれたのか』(隠岐さや香) [読書(教養)]

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 もう文系、理系と分けることに意味は無いという主張すら聞こえてきます。
 しかしその一方で、この40年の間には、「科学批判」から「文系不要論」に至るまで、むしろ文系・理系の区分を意識させるような論争がたびたび起こりました。(中略)一方では境界線の消失を訴える声があり、他方にはそれを呼び起こすかのような争いが起きている。この状況はどのように捉えればよいのでしょうか。本章では、研究と教育の世界で起きている事例を中心に、文系と理系の現在を考察し、今日起きている「争い」と「文理融合/連携」の意味を考えてみたいと思います。
――――
新書版p.196、197


 学問分野を「文系」と「理系」に二分するという慣習は、いつ、どのようにして生じたのか。それは今日でも有意義な枠組みなのか、それとも弊害ばかりが大きい負の遺産なのか。「文系/理系」という対立構造の歴史的起源を探り、さらに経済問題、政治問題、ジェンダー問題など様々な視点から分析してゆく好著。新書版(講談社)出版は2018年8月です。


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 実は、この本を書きはじめたとき、私は楽観していました。文系と理系という「二つの文化」は、だんだん近づいて一つになる、というシナリオを心のどこかで想定していたのです。
 しかし、執筆の過程で見えてきたのは、むしろ、諸学の統一への夢は常にあったのに、それとは違う方向に歴史が進んできたという事実でした。緒学問は、一つになることへの願望と現実における分裂・細分化という、二つの極を揺れ動きながら、実際の所、どんどん多様化し、複雑になっていったのです。
――――
新書版p.248


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 一般に、異なる視点を持つ者同士で話し合うと、居心地が悪いけれど、均質な人びと同士の対話よりも、正確な推論や、斬新なアイデアを生む確率が高まると言われます。そう考えると、文系・理系のような「二つの文化」があること自体が問題なのではなく、両者の対話の乏しさこそが問われるべきなのでしょう。あるいは、論争があったとしても、相手に対する侮蔑や反発の感情が先に立って、カントがその昔目指したような、実のある討論ができなかったことに悲劇があるのではないでしょうか。
――――
新書版p.250


[目次]

第1章 文系と理系はいつどのように分かれたか? ――欧米諸国の場合
第2章 日本の近代化と文系・理系
第3章 産業界と文系・理系
第4章 ジェンダーと文系・理系
第5章 研究の「学際化」と文系・理系


第1章 文系と理系はいつどのように分かれたか? ――欧米諸国の場合
――――
 この章ではかなりページを割いて、自然科学と人文社会科学の緒分野が、ぞれぞれ固有の対象を見つけて、宗教や王権から自律していく経緯を描きました。そして、その自律には、主に二つの異なる方向性がみられます。
 一つは「神の似姿である人間を世界の中心とみなす自然観」から距離を取るという方向性です。それは、人間の五感や感情からなるべく距離を置き、器具や数字、万人が共有できる形式的な論理を使うことで可能になりました。
(中略)
 もう一つは、神(と王)を中心とする世界秩序から離れ、人間中心の世界秩序を追い求める方向性です。すなわち、天上の権威に判断の根拠を求めるのではなく、人間の基準でものごとの善し悪しを捉え、人間の力で主体的に状況を変えようとするのです。
(中略)
 前者にとって、「人間」はバイアスの源ですが、後者にとって「人間」は価値の源泉であるわけです。
 断言はできませんが、どちらかといえば、前者は理工系、後者は人文社会系に特徴的な態度といえるでしょう。
――――
新書版p.73


 学問緒分野はなぜ文系と理系に分かれていったのか。欧米における学術史を掘り下げ、その過程を追ってゆきます。文系理系の区別は単なる便宜上のものとはいえず、かなり本質的な方向性の違いから生じている問題であることを示します。


第2章 日本の近代化と文系・理系
――――
 研究者育成という視点から見ると、日本が理工系研究者育成偏重の国であることはもっと明白になります。修士(博士前期)以上の人文社会系学生数がOECD諸国と比較して圧倒的に少ないのです。(中略)私が気になるのは、この人員配置が、少なからず日本においては「目先の目標のため批判勢力が封じ込められてきた」歴史とつながっているようにみえることです。「科学」そのものではなく、利便性を追求する「科学技術」に無邪気に信頼を寄せるような人ばかりが求められてきた。そういう側面はなかったでしょうか。
――――
新書版p.109、110


 日本において文系理系の対立が生じた歴史的経緯を探ります。それが富国強兵や支配構造強化を目指す国家政策によるものだったということを確認します。


第3章 産業界と文系・理系
――――
 かつて、科学・技術の発展とそれに支えられた産業は、人間社会に豊かさだけではなく環境問題をもたらしました。同じようにして、先端科学・技術の市場化可能な成果への集中的投資が、経済的な不平等という問題を悪化させているのです。
 不平等は、自然環境問題に劣らない危機的な国際問題であるとの認識が今、急速に広まっています。(中略)そのため、自然科学・技術は社会的な課題に取り組まねばならないし、また並行して人文社会科学における研究にも戦略的投資を行わなければならない、という新しい考え方が近年欧州(英国も含む)を中心に出てきました。イノベーション政策3.0とも呼ばれます。
――――
新書版p.149


 儲かる理系、金にならない文系。そのような産業界の認識がどのような事態を引き起こしているのかを分析し、欧州を中心に広まりつつあるイノベーション政策3.0による産業構造変化が持つ意味を考えます。


第4章 ジェンダーと文系・理系
――――
 このような現状について、女性がそもそも理工系に行くことを本当に望んでいるのかと取り組み自体を疑問視する声から、中学や高校の段階で女子生徒の理工系への情熱がどのように踏みにじられていくかを切々と訴える声まで、実に様々な意見があります。
 取り組み自体の意義を認める人でも、数値目標だけが前面に出ていることへの違和感はしばしば共有されています。教育現場でのジェンダー差別について社会的な議論が深まる前に、数値目標だけが一人歩きしてしまった側面は否めません。
 この機会に改めて、なぜ現在、科学技術人材育成におけるジェンダー格差を減らすことが国際的なレベルで奨励されているのか改めて整理してみたいと思います。
――――
新書版p.182


 女性はそもそも理工系に向いていないという認識、あるいは理工系研究職の現場における性差別。それらを減らすための取り組みは、なぜ推進されているのか、どうしてなかなか成果が出ないのか。理工系におけるジェンダー格差の問題を掘り下げます。


第5章 研究の「学際化」と文系・理系
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 以上のことを踏まえるならば、むしろ、「複雑な対象を前にして、価値中立を掲げることが持ちうる政治性」こそが念頭に置かれなければなりません。すなわち、マジョリティの価値観に浸っているために自らの政治性が自覚できていない状態のことを、「中立」という名で呼び変えていないかどうかを、改めて問い直す必要があるでしょう。
(中略)
 同時に言えるのは、「学問は現実の対象に近づくほど不可避の政治性を帯びる」ということを踏まえて、それでも学問的方法論に根ざして言葉を紡ぐことの大切さです。物理学のような法則定立的な方法にしろ、歴史学のような個性記述的な方法にしろ、定量的な社会学のようにその中間的なものにしろ、それは世界を認識する異なったやり方として、数世代にわたり様々なテストを生き残り、受け継がれてきた人類の遺産なのです。
 私たちはバイアスのかかったやり方でしか世の中を見ることはできませんが、緒分野の方法というのは、地域や文化を超えて人々が選び取ってきた、いわば、体系性のあるバイアスです。体系的なやり方で、違う風景を見て、それを継ぎ合わせる。または違う主張を行いながらも、それを多声音楽のように不協和音も込みで重ねあわせていく。そのことにこそ、様々な分野が存在する本当の意義があるのではないでしょうか。
――――
新書版p.232、233


 今後、文系理系は融合してゆくのだろうか。あるいは統一へと向かうのが望ましいことなのだろうか。学際化、社会生物学論争、カルチュラルスタディーズ、ポストモダニズムなど、学問分野ごとの方法論の相違から起きる政治的論争を振り返り、統一への夢と細分化への動きに揺れ続けてきた学問体系を広い視野を持って見直します。



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『ART BOOK OF SELECTED ILLUSTRATION : Monster モンスター 2019年度版』(artbook事務局) [読書(教養)]

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 この素晴らしい一冊が、必要としているかたの元へと届きますように・・・
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 さまざまなジャンルで活躍中の115名の作家による「モンスター」をテーマとする作品を収録したイラスト集。単行本(東方出版)出版は2019年3月です。

 西洋ファンタジー、ホラー映画、ゲームのラスボス、妖怪、巨大怪獣、怨霊など、ひとくちにモンスターといっても取り上げられている題材は様々。さらに表現についても、油絵風の作品もあれば、妖怪画もあり、ポップでキュートなイラスト、怪獣映画のポスター風、漫画の扉絵風、ゲームのパッケージイラスト風、といった具合です。

 巻末には、各作家のプロフィール写真・コメント・HP・連絡先が掲載されており、イラスト仕事の依頼先を探している方のためのカタログとなっています。グローバル市場で通用するように、文章はほとんど書かれておらず、すべて英語併記(というより英語主体で日本語訳がついている)となっています。甘えのない本気のカタログです。


【掲載作家】(五十音順、敬称略)

ai sayama

浅井拓馬
いえがも
池田和宏
石丸純
一芒
イトウカツユキ
糸谷さいれん
上野あぶあぶ
ウラシマ
海野大輔
栄元太郎
江戸川画爛
エルピノ
オオサワアリナ
越智陽子
怪人ふくふく
滓袋タケオ
加藤由人
兼房光
霞楽箱
河野雄二
キセン
北沢夕芸
長月
くさかたね
クッキー
くどうのぞみ
クリヤセイジ
黒田アサキ
古賀マサヲ
gozz
小林希
小林ぱに
GONZOU
ササキ京
佐川ヤスコ
沙月
sakki
Shikunu・貴明
柴崎早智子
白波瀬あひる
ジュゲムト
Shinri
すがゆり
鈴木旬
関根しりもち
芹澤
SoftRib
ソラチョコ
TITAN(Egg Yellow)
高橋華子
武優子
tatsuya
立山多輝久
タニグチコウイチ
血ゑ
チエコアートワークス
千取あすなろ
チュアンヂェ
ちゅの
ツカモトタケシ
Dsuke
鉄秀
トウマシキ
トシ
DRAGONIST
永井秀幸
長崎真悟
ナカマル
なちょ
鵺右衛門
NOZ(野澤雄大)
のりこ
NON×2
Hackto
はまえつ
原良輔
はるみるく。
PX RH
hirota mikako
望月裕史
FLYACE
暴天
POPOP
まうら
牧野心士
マスクド・リョウマ
まだらお
松田みなと
Madblast Hiro
松本キヨ
松本芽維新/Mt2MN
丸山芳美
ミズノマサミ
ミナトヤヨシキ
ムーピク
冥 麿
白黒灰脂
もりわきりえ
モンスターヘアー
病さつき
やまおかゆか
ヤマナシシュンタロウ
山平祥子
山本神恵
夜宵
Yuta Onoda
YOUCHAN
吉井宏
rat

若林やすと
ワダアスカ



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