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『プロジェクト:シャーロック 年刊日本SF傑作選』(大森望、日下三蔵、上田早夕里、宮内悠介、小田雅久仁、山尾悠子) [読書(SF)]

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 〈SFマガジン〉掲載の収録作が一編だけというのも、13年版、16年版と並んで過去最少。日本唯一のSF専門誌である同誌は、2015年に隔月刊化されて以降、連載・連作の比重が高まり、日本SFの読切短篇がめったに掲載されなくなっている。
 しかし、逆に言うと、SF専門媒体に頼らなくても、《年刊日本SF傑作選》を編むのに困らないくらいの(というか、むしろ候補が多すぎて困るくらいの)SF短編が発表されていることになる。(中略)本書収録作の初出一覧を見るだけでも、日本SF短編の発表媒体がいかに多岐にわたるかは歴然としている。
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文庫版p.8、9


 2017年に発表された日本SF短篇から選ばれた傑作、および第九回創元SF短編賞受賞作を収録した、恒例の年刊日本SF傑作選。文庫版(東京創元社)出版は2018年6月です。


[収録作品]

『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
『Shadow.net』(円城塔)
『最後の不良』(小川哲)
『プロジェクト:シャーロック』(我孫子武丸)
『彗星狩り』(酉島伝法)
『東京タワーの潜水夫』(横田順彌)
『逃亡夫人』(眉村卓)
『山の同窓会』(彩瀬まる)
『ホーリーアイアンメイデン』(伴名練)
『鉱区A-11』(加藤元浩)
『惑星Xの憂鬱』(松崎有理)
『階段落ち人生』(新井素子)
『髪禍』(小田雅久仁)
『漸然山脈』(筒井康隆)
『親水性について』(山尾悠子)
『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
『天駆せよ法勝寺』(八島游舷)


『ルーシィ、月、星、太陽』(上田早夕里)
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 さようならと言うんでしょう、こういうときには。さようなら、アーシャ。いろんなことを教えてもらえて楽しかった。自分が勝手に改変されたことには驚いたし、戸惑いもしたけれど、もう変えてしまったものは仕方がないし、あなたの話によると、この地球という惑星の生き物は、環境の変化に合わせて、どんどん自分の姿を変えてきたのでしょう。だったら、これぐらいの変化は許容範囲かもね。私はルーシィであり、プリムであり、新しい生き物に変わった。この多重性を大切にしたいと思う。本当にありがう。
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文庫版p.44

 〈大異変〉と全球凍結による人類滅亡から数百年後。人為的に作られた種族ルーシィたちは深海で生き延びていた。やがてそのうちの一人が海面まで上昇し、アシスタント知性体と接触。旧人類とその歴史を教えられることになった。待望のオーシャンクロニクル・シリーズ最新作「ルーシィ篇」その第一話。


『最後の不良』(小川哲)
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 認めよう――流行を追いかける行為は、ある意味ではとても虚しい。時間も金も投資するのに、そのお祭りは長く続かない。
 しかし、そうやって半ば暴力的に規範となる文化を取り入れることによって、それまで見えていなかったものが見えてくるのだ。なんとなくカッコ良さそうだからという理由で、理解できないフランス映画を観る。賢く見られたいからという理由で、ニーチェやマルクスやピケティを読む。人気だからという理由で、日本画やモダンアートの展覧会へ行く。そうやって、人は本来興味のなかったものに興味を持つ。
 桃山はその「暴力」が自分の仕事だと考えていたし、自分自身の人格もそうやって形成されていた。
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文庫版p.83

 他人からカッコよく見られたい、賢く見られたい、そのために背伸びして「流行」を追いかける。そんなことを誰もしなくなった時代。自分の知らないカルチャーに何の興味も持たない者ばかりの世界。廃刊が決まったカルチャー・ライフスタイル誌の編集者は、最後の反抗に出る。特攻服に着替え、改造単車にまたがり、パラリラ鳴らしながら一人で暴走する。俺は、人類最後の不良だ!


『山の同窓会』(彩瀬まる)
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「誰とも交わらない生涯になんの意味があるの。あなたを産んだ母体がかわいそう。全体に貢献しない自分勝手な生き方は醜い。産めば産むほど、尊くなる。生命として、上等になる」
「コトちゃん」
「交尾も産卵も、ものすごく幸せなことなのに、それがわからないのは不幸だと思う」
「コトちゃん、やめよう?」
「私は結局、そういう世界から出られなかった。成長するにつれてニウラがどんどんわからなくなって、わからないまま大事にする方法がわからなかった。……今はそれが、すごく、つまらない」
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文庫版p.196

 卵を産むたびに老化してゆく女たち。卵を三つ産んで衰弱して死ぬことが女の幸せ。そうしない女は、わがままで自分勝手で醜い。そんな世界で、交尾も産卵もしないまま、ひとりで生き続ける語り手の人生を描いた作品。


『惑星Xの憂鬱』(松崎有理)
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 カメラが引いて、メイの椅子の隣に立つ男が入ってくる。三十代後半とみえる色白細身の好男子で身なりからして常識的社会人に思えた。ところが彼は。
「わたしは地下組織『冥王星の権利を守る会』代表だ。これより冥王星は、ここにいるメイくんを国王として独立を宣言する」
 と、あらゆる意味でつっこみどころ満載の発言を世界にむけて発信したのであった。
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文庫版p.309

 惑星から準惑星に格落ちしてしまった冥王星。その名誉挽回のために立ち上がった地下組織『冥王星の権利を守る会』に拉致された主人公は、冥王星の初代国王になってほしいと持ちかけられる。冥王星を国家として承認させるため、彼らは国連の代表者と武道館で勝負することに。つっこみどころ満載のユーモアSF。


『髪禍』(小田雅久仁)
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 その儀式がおこなわれるあいだ、ひと晩じゅう何もせず、宗教施設のなかでただ座って見ているだけで、十万円が手に入ると言う。ただし、その儀式は建前上、秘儀として部外者の立入りが禁止されているので、その日、目にしたこと耳にしたことはいっさい他言無用とのことだった。つまり、十万円の内には口止め料も含まれていると……。
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文庫版p.377

 髪を神としてあがめる新興宗教。その特別な儀式に立ち会うだけで十万円の報酬が出ると聞いた語り手は、怪しみながらも参加を承諾してしまう。当日、人里はなれた宗教施設に集められた人々が目撃した「秘儀」は、予想をこえたものだった……。最初から最後まで真面目なホラーなんですが、やりすぎ感がすごくて思わず笑ってしまうという、そのあたりも含めて伊藤潤二さんのホラーコミックを連想させるものがあります。


『親水性について』(山尾悠子)
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 四辺の雲海はすなわち多数の竜体のうねりと渾然一体となり、そこへ射す薄汚れたひかりは暁とも日没ともつかない。竜の顔はすでに長く誰も見た者がない。血刀下げて叫ぶ一体の天使がこちらへ顔を向けるが、それはわたしの妹の顔をしている。
 停滞することなくつねに神速で移動せよ。速度のみが我らの在るところ。言の葉は大渦巻きを呼び、ものみなさかしまに攪拌されながら巻き込まれていく――堕ちていく――肺は水で満たされ、密かに鰭脚をそよがせると額に第三の目がひらく。
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文庫版p.450

 永遠に漂い続ける巨大船に乗っている姉と妹。神話的イメージを連打してくる高純度の山尾悠子作品。


『ディレイ・エフェクト』(宮内悠介)
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「……わたしたちの世界を、神の奏でる音楽だと仮定してみましょう。その神様が、わたしたちには知るべくもないなんらかの深遠な意図をもってか、あるいは単に足を滑らせてか、ディレイのスイッチを踏んでしまった」
 踏むと表現したのは、ギタリストなどが扱うエフェクタは足元に並べられるからだ。
「こうしてディレイがかかったのだとすれば、もしかすれば、明日にも現象は止まるかもしれません。逆に、76年以上つづく可能性もある。あるいは、76年つづいたあと、また1944年の1月に戻って無限にくりかえされることも考えられます」
 真木が短くうなり、両肘をついて口元を覆った。
「どうする。戦後が終わらないじゃないか」
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文庫版p.470

 現代の東京に重なるようにして「再生」される太平洋戦争末期の東京。まるで立体映像のように現実と二重写しになった1944年の町並みと人々。やがてくる東京大空襲を前に、人々はそれぞれに対応を決めなければならなかった……。二つの時代の響きあいと家族の危機を並行して描く作品。


『天駆せよ法勝寺』(八島游舷)
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 整地された平原にそびえ立つ巨大な九重塔が、五月の強まりつつある陽光を浴びていた。
 かつて、ある寺のことを「時間の海を渡ってきた美しい船」と表現した作家がいた。この壮麗な九重塔も、また眼を惹きつけて放さない。
 だが、この法勝寺は比喩ではなく、まさしく時空を渡る巨大な船――星寺である。
(中略)
 心柱を中心に、宇宙僧の上体が菊の花のように広がった。全員、足は蓮華座を組んだままである。
「佛質転換率百二パーセント。祈念炉出力百五パーセント」慧眼が報告する。
「管長。発進準備完了です」航宙責任者たる照海が告げる。
「抜錨せよ」
「抜錨します」
 巌真の命に照海は応えた。
 飛塔を大地に固定していた八本の縛鎖の先端にある錨が、一斉に蓮台から排出され、飛塔上部に巻き取られ始めた。
 続けて、巌真の声が一段と高く響く。
「法勝寺、発進。合掌!」
「合掌!」
 すべての僧が唱和し、合掌した。
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文庫版p.502、509

 交響摩尼車群の高速読経により圧縮された祈念量により法勝寺の祈念炉は臨界量に達し、今や第一宇宙速度に到達可能な推力を得た。佛理学の教えにより空間跳躍する飛塔が、いま発進する。合掌! 天駆せよ法勝寺!

 仏教用語と現代物理学をミックスした異様な造語の山で読者の度肝を抜く作品。山田正紀さんにも同趣向の作品がありましたが、こちらはもっと偏執的なまでに徹底しています。



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『SFマガジン2018年8月号 アーシュラ・K・ル・グィン追悼特集』 [読書(SF)]

 隔月刊SFマガジン2018年6月号の特集は、アーシュラ・K・ル・グィン追悼でした。


『赦しの日』(アーシュラ・K・ル・グィン、小尾芙佐:翻訳)
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 セックス、慰め、思いやり、愛情、信頼、どれもそれをいいあらわしてはいない。すべてをいいあらわしてはいない。それはまさしく親密なもの、ふたりが共感しあう肉体のなかに潜んでいるもの、だがそれは現実の状況をなにひとつ変えてはくれないし、世界のなにものをも、なにひとつ変えはしない。囚われの、この惨めな小さな世界にあるものすら変えてはくれない。ふたりは相変わらず囚われている。ふたりは相変わらずとても疲れているし、飢えてもいる。ますます絶望的になっている捕獲者どもが、ますます恐ろしくなってくる。
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SFマガジン2018年8月号p.51

 惑星ウェレルに赴任してきたエクーメンの使節ツリー、彼女の護衛として行動を共にしていたテーイェイオ、ふたりは暗殺計画に巻き込まれ、小さな隠れ家に幽閉されてしまう。互いに反目しあっていたふたりは先の見えない監禁生活を送るうちに次第に親密になってゆくが……。

 短編集『世界の誕生日』に収録されている『古い音楽と女奴隷たち』と同じく、何世代も続いた奴隷制度と性差別が社会基盤に組み込まれている惑星ウェレルを舞台とする中篇。


『博物館惑星2・ルーキー 第四話 オパールと詐欺師』(菅浩江)
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「尚美、判ってないわね。宝石の価値は希少性で決められるのよ。ジョンの乳歯からできたオパールは、世界にひとつ。ライオネルとマリアにとっては、バケツいっぱいのピジョンブラッドより価値があるかもしれない。そして、詐欺師は、人が一番大事にしているものを騙し取るのが大好き。違うかしら、健」
「そうだね。たとえ自分の利益にならなくても、被害者の悔しがる顔を見たいがために騙すってこともあるらしいよ」
 健は祈るような気持ちだった。
 どうか彼らの友情と信頼が本物でありますように。
 努力を怠らない二人が、自分たちの幸せを石の如く硬いものに変えて、しっかりと握りしめられますように。
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SFマガジン2018年8月号p.109

 既知宇宙のあらゆる芸術と美を募集し研究するために作られた小惑星、地球-月の重力均衡点に置かれた博物館惑星〈アフロディーテ〉には、化石化・宝石化の技術がある。恋人の愛犬の歯をオパール化してほしいという依頼を受けて作成した美しい人造オパールを引き取りにきた依頼主。だがその同行者は、十年前に宝石詐欺で捕まった前科のある詐欺師だった。二人の友情は本物なのか、それとも詐欺師の手練手管なのか。若き警備担当者である主人公は、事件発生を未然に防ぐために取引の現場に向かったが……。『永遠の森』の次世代をえがく新シリーズ第四話。


『うなぎロボ、海をゆく』(倉田タカシ)
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 わたしは、ほそながーい形をしたロボットです。色は黒いです。体をくねくねと曲げられます。頭に近いほうに、小さなひれがついています。なにに似ているかというと、うなぎに似ています。
 そうです、あの、何年もまえに絶滅した、おいしい魚です。
 おいしいからって食べつくしちゃうなんて、人間はすこしおバカなのかな?
 でも、人間のお手伝いができると、わたしはとてもうれしいです。
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SFマガジン2018年8月号p.319

 乱獲によりニホンウナギが絶滅してから十年。魚の密猟を監視する任務についていた「うなぎロボ」は、様々な出来事から世界と人間について学んでゆく。『母になる、石の礫で』の著者によるポストうなぎSF短篇集『うなぎばか』からの先行掲載。マグロの絶滅をテーマにしたSFコミックや、魚介類がレーザーを撃ち合うゲームなど、様々な先行作品を連想させつつ、読後感はちょっとしんみり。



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『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(ケン・リュウ:編集・英訳、中原尚哉・他:翻訳) [読書(SF)]

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 中国SFは中国に関する物語ばかりではない。例えば馬伯庸(マー・ボーヨン)の「沈黙都市」はオーウェルの『一九八四年』へのオマージュであり、同時に冷戦後に残された見えない壁の描写でもある。劉慈欣(リウ・ツーシン)は「神様の介護係」で文明の拡大と資源の枯渇という一般的な主張を、中国の地方の村を舞台にした倫理をめぐるドラマの形で探求した。陳楸帆(チェン・チウファン)の「沙嘴の花」はサイバーパンクの陰鬱な雰囲気を深圳付近の海岸沿いの漁村にまで広げ、その「沙嘴」という架空の村をグローバル化した世界の小宇宙とも病状とも取れる形で描いた。わたし自身の「百鬼夜行街」は巨匠たちによる作品――ニール・ゲイマンの『墓場の少年』、ツイ・ハークの「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」、宮崎駿の映画で脳裡をよぎったイメージを取り入れている。わたしの見るところ、これらまったく異なった物語も共通のあるものを語っており、中国の幽霊譚とSFの間に生まれる緊張関係が同じアイデアを表現するまた別の手法をもたらすのだ。
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新書版p.404


 あまりにも急激な時代変化と分断された世代や階層や地域、テクノロジーの爆発的発展と世界観の相転移、目まぐるしい経済発展と苛烈な競争、伝統的文化と文学の系譜、そして強圧的な政治体制。それらの共存する場所にこそ、まさにSFの最前線がある。沸き立つ現代中国SFの今を知らせるために、ケン・リュウが7人の作家と13本の短篇(+エッセイ3本)を厳選し英訳した現代中国SFアンソロジー。新書版(早川書房)出版は2018年2月、Kindle版配信は2018年2月です。


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 中国の作家の政治的関心が西側の読者の期待するものとおなじだと想像するのは、よく言って傲慢であり、悪く言えば危険なのです。中国の作家たちは、地球について、たんに中国だけでなく人類全体について、言葉を発しており、その観点から彼らの作品を理解しようとするほうがはるかに実りの多いアプローチである、とわたしは思います。
 文学的メタファーを使用することで、異議や批判を言葉にするのは、中国の長い伝統であるのは確かです。しかしながら、それは作家たちが文章を著し、読者が読む目的のひとつに過ぎません。(中略)こうしたことを無視し、地政学にだけ焦点を当てると、作品を大きく棄損することになります。
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新書版p.14


[収録作品]

『鼠年』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『麗江の魚』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『沙嘴の花』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『百鬼夜行街』(夏笳 シア・ジア)
『童童の夏』(夏笳 シア・ジア)
『龍馬夜行』(夏笳 シア・ジア)
『沈黙都市』(馬伯庸 マー・ボーヨン)
『見えない惑星』(ハオ(赤へんにおおざと)景芳 ハオ・ジンファン)
『折りたたみ北京』(ハオ景芳 ハオ・ジンファン)
『コールガール』(糖匪 タン・フェイ)
『蛍火の墓』(程ジン波 チョン・ジンボー)
『円』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
『神様の介護係』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
『ありとあらゆる可能性の中で最悪の宇宙と最良の地球:三体と中国SF』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
『引き裂かれた世代:移行期の文化における中国SF』(陳楸帆 チェン・チウファン)
『中国SFを中国たらしめているものは何か?』(夏笳 シア・ジア)


『鼠年』(陳楸帆 チェン・チウファン)
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 鼠だ。何百万匹という鼠が、畑や、森や、丘や、村から出てきている。歩いている。そう、直立してゆっくりと歩いている。まるで世界最大の観光ツアーのようだ。小さな集団も合流し、小川が大河になり、海になる。まだらの毛が大きな模様を描く。均整と美がある。
 冬の枯れ野や、同様に無味乾燥な人間の建物を飲みこみ、波打ちながら鼠の海は進む。
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新書版p.48

 遺伝子操作されたネオラットを駆除するために組織された鼠駆除隊に動員された大学生たち。「国を愛し、軍を援けよう。民を守り、鼠を殺そう」なるスローガンのもと、劣悪な環境で鼠と戦わされ、無意味に命を落としてゆく。一方で、改変遺伝子(ただし違法コピー)を持つ鼠たちは勝手に知性化を進め、独自の社会と文化を築きつつあった……。

 苦労して大学を卒業したのに良い仕事につけず、都市部で低収入・不安定な底辺労働者として鼠のように生きることを強いられる若者たち。一部の富裕層が外貨をどっさり稼ぐその足元で、知らされることなき非情なグランドプランに基づいて、鼠族と鼠が共食いさせられる。社会問題を風刺しつつ、感傷的な筆致で読者の心を打つ作品。


『麗江の魚』(陳楸帆 チェン・チウファン)
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 飛行機は離陸した。市街、道路、山、川……。すべてが遠ざかって、さまざまな色の四角が集まった小さなチェス盤のようになった。それぞれの四角のなかで時間は速く流れたり遅く流れたりしている。地上の人々は見えない手にあやつられた蟻のように集められ、グループごとにそれぞれの四角に押しこめられている。労働者、貧困者、つまり“第三世界”の時間の流れは速い。裕福で有閑の“先進国”では時間はゆっくりと流れる。為政者、偶像、神々の時間は止まっている……。
――――
新書版p.69

 あくなき生産性向上、激しい出世競争、毎日激変してゆく世界に追いつけなければ脱落するという強烈なプレッシャー。過酷なストレスにさらされ続ける現代中国の都市生活者である主人公は、激務のせいでメンタルヘルスに問題を抱え、リハビリのため麗江の街に十年ぶりに戻ってくる。美しい自然、のんびりと流れてゆく時間、謎めいた女との逢瀬。しかし、語り手はそのすべてが人工的に管理されていることに気づく。

 「万人に平等に与えられている唯一の資源」といわれる時間でさえ社会階層による格差が広がっているストレスフルな現代中国の都市生活を、SF的なアイデアを用いて表現した作品。


『百鬼夜行街』(夏笳 シア・ジア)
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 どの幽霊も生前の逸話をいくつも持っています。体が荼毘に付され、灰が土に還っても、逸話は生きつづけます。百鬼夜行街が眠りにつく昼間、逸話は夢となって、巣のない燕のように軒先を飛びまわります。ただ一人その時間に通りを歩くぼくは、飛ぶ夢を見て、その歌を聴きます。
 百鬼夜行街で生者はぼくだけです。
 ぼくはここの住人ではないと小倩は言います。大人になったら出ていかなくてはいけないと。
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新書版p.98

 幽霊と妖怪が跋扈する百鬼夜行街で、女幽霊に育てられる少年。彼はこの街の唯一の生者だった。伝統的な幽霊譚とサイエンス・フィクションを融合させた幻想小説。


『沈黙都市』(馬伯庸 マー・ボーヨン)
――――
「『一九八四年』の作者は全体主義の伸長を予言している。しかし技術の進歩は予言できなかった」
 ワグナーは見かけによらず鋭敏な人物だと、アーバーダンは思った。とても洞察力のある技術官だ。
「物語のオセアニアでは、秘密のメモを渡して秘めた思いを相手に伝えることが可能だった。しかし現代はちがう。関係当局は人々をウェブに住まわせている。そこでは秘密のメモを渡そうとしても、ウェブ統制官から丸見えだ。隠れる場所はない。では物理的な世界ではどうか。こちらはリスナーに監視されている」
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新書版p.186

 ネット統制と会話監視テクノロジーが普及した世界。「健全語」に指定された言葉以外は使うことが許されないその国で、言語も、会話も、文学も、そして思考すら滅びてゆく。オーウェル『一九八四年』を現代にアップデートした作品。


『折りたたみ北京』(ハオ景芳 ハオ・ジンファン)
――――
 “交替”が始まった。これが二十四時間ごとに繰り返されているプロセスだ。世界が回転し始める。鋼鉄とコンクリートが折りたたまれ、きしみ、ぶつかる音が、工場の組立ラインがきしみを上げて止まるときのように、あたりに響き渡る。街の高層ビルが集まって巨大なブロックとなり、ネオンサインや入口の日よけやバルコニーなど外に突き出した設備は建物のなかに引っこむか、平らになって壁に皮膚のように薄く張りつく。あらゆる空間を利用して、建物は最小限の空間に収まっていく。
(中略)
 その頃には、地面が回転しはじめている。
一区画ずつ、地面が軸を中心に百八十度回転して、裏側の建物を表に出していく。次々に展開して高く伸びていく建物は、まるで青灰色の空の下で目を覚ます獣の群れのようだ。オレンジ色の朝日のなかに現れた島のような街は、開けて広がり、灰色の霧をまとわせて静かに立ち上がる。
――――
新書版p.234、237

 三層構造になっている北京。地図上の同じ場所を共有する三つの北京が、時間を区切って交替することで、経済成長と雇用確保を両立させているのだ。“交替”時刻がやってくると、それまで存在した北京の街は物理的に折り畳まれ、次の階層がポップアップ絵本のように展開する。階層間の行き来は厳しく制限されている。あるとき「プライベートな手紙を第一階層へ届けてほしい」という依頼を受けた第三階層の貧しい住民である主人公は、高額の報酬を手に入れるため危険を覚悟で「越境」を試みるが……。

 支配層、都市住民、農民工という三層に分かれた階級社会、急激に広がる苛烈な経済格差、所属階層によって世界観そのものが分断された、そんな現在中国。もう文学的暗喩とかそういうぬるい手法では表現しきれないような状況を、徹底的に“物理的に”表現してのけた驚異の作品。


『円』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
――――
「陛下、円周率計算のためにわたしが開発した手順には序列があります。ご覧ください――」荊軻は壇の下の計算陣形をしめした。「――待機している兵の陣形を、硬件(ハードウェア)と呼びます。対してこの布に書かれているのは、計算陣形にいれる魂のようなもので、軟件(ソフトウェア)と呼びます。硬件と軟件の関係は、古琴と楽譜のようなものです」
 政王はうなずいた。
「よろしい。はじめよ」
 荊軻は両手を頭上にかかげて、おごそかに宣した。
「大王陛下の命により、計算陣形を始動する! 機構の自己点検!」
 石の壇から半分下がったところに立つ兵の列が、手旗信号を使って命令を反復した。たちまち三百万の兵による陣形で小旗が打ち振られた。まるで湖面が波立ち、きらめくようだ。
「自己点検完了! 初期化進行を開始! 計算手順を読み込み(ロード)!」
――――
新書版p.326

 あらゆる情報は数字列にコード化できる、循環しない無限小数である円周率にはすべての数字列が含まれる。従って、円周率を計算すれば、必ずや不老不死の秘密が「書かれた」箇所を見つけることが出来る。

 始皇帝より不老不死の探索を命じられた荊軻は、円周率を計算するために驚くべき戦略を考案した。三百万もの兵士を秩序正しく整列させる。中央演算の陣、情報格納の陣、入出力制御の陣。一人一人の兵士は単なる論理演算門(ゲート)として単純な指示に従って小旗を上げ下げするだけだが、その巨大陣形が一糸乱れぬ動きをすることで、円周率の計算を高速実行できるのだ。これぞ大型計算陣の計(アーキテクチャ)なり。そして始まるデスマーチ。馬鹿SFテイストに違和感なし。


『神様の介護係』(劉慈欣 リウ・ツーシン)
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 一方で地球の人口はいきなり二十億人増加した。増えたのは高齢者なので、生産性はなく、大半が病気がちだ。これは人類社会に前例のない重荷になった。どの政府も神を介護する世帯にかなりの額の補助金を出した。健康保険制度やその他の公共インフラは破綻寸前となり、世界経済は崩壊の危機にさらされた。
 神と秋生一家の和気藹々とした関係も崩れた。神は空から降ってきた厄介者と見なされはじめた。(中略)玉蓮はしきりに神を責めるようになった。あんたが来るまでうちは豊かに、不自由なく暮らしてたのよ。あの頃はよかった。いまは最低。なにもかもあんたのせいよ。こんなぼけ老人に居座られて大迷惑だわ……。玉蓮はこんなふうに毎日暇さえあれば神を面罵した。
――――
新書版p.356

 あるとき空から大量に降ってきた老人たち。すわファフロツキーズ現象かと思ったら、実は神でした。若い頃に老後の備えとして地球に種をまいておいたところ、そこから発生した人類は今や立派な若文明に育ってくれた。ありがたいありがたい。どうか創造主に対する恩を感じて飯を食わせてほしいのじゃ。

 いきなり20億人もの神を介護するはめになった人類大慌て。最初は「神を大切にするのは伝統的価値観」とかいってた人々も、段々と「うざい」と思うようになり、やがて頻発する神虐待事件。ああ、若者の敬神精神はどこへいったのか。風刺ドタバタSFテイストに違和感なし。



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『J・G・バラード短編全集4 下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件』(J.G.バラード、柳下毅一郎:監修、浅倉久志他:翻訳) [読書(SF)]

――――
バラードの書いた文字列を追っているうち、私の脳裏には、刻々と姿形を変える得体の知れない視覚の産物が突如としてよぎっては砂のように消えていく。そして、生み出されたそれらのイメージのあまりの奇矯さに、いつのまにかすっかり夢中になってしまっている自分に気づくのだ。だからといって物語の筋までもが消えてしまうことはないけれども、時にはそれを追いかけるのが億劫になってしまうくらい、バラードの小説の細部に宿るこうした視覚喚起力は強烈だ。
――――
単行本p.409


 ニュー・ウェーブ運動を牽引し、SF界に革命を起こした鬼才、J.G.バラードの全短編を執筆順に収録する全5巻の全集、その第4巻。単行本(東京創元社)は2017年9月です。


 第1巻から第3巻の紹介はこちら。


  2018年01月11日の日記
  『J・G・バラード短編全集3 終着の浜辺』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-11

  2017年10月12日の日記
  『J・G・バラード短編全集2 歌う彫刻』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-10-12

  2017年05月16日の日記
  『J・G・バラード短編全集1 時の声』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-05-16


 第4巻には、60年代後半から70年代中頃(1966年から1977年まで)に発表された21編が収録されています。


[収録作品]

『下り坂カーレースにみたてたジョン・フィッツジェラルド・ケネディ暗殺事件』
『希望の海、復讐の帆』
『認識』
『コーラルDの雲の彫刻師』
『どうしてわたしはロナルド・レーガンをファックしたいのか』
『死亡した宇宙飛行士』
『通信衛星の天使たち』
『殺戮の台地』
『死ぬべき時と場所』
『風にさよならをいおう』
『地上最大のTVショウ』
『ウェーク島へ飛ぶわが夢』
『航空機事故』
『低空飛行機』
『神の生と死』
『ある神経衰弱にむけた覚え書』
『六十分間のズーム』
『微笑』
『最終都市』
『死者の刻』
『集中ケアユニット』


『希望の海、復讐の帆』
――――
 二時間たらずでわたしたちはリザード・キイに着いた。わたしがそれからの三週間を送ることになったこの島は、さながら宙に浮かぶように熱波のうねりの中から高く盛りあがり、テラスと張出しのある別荘が、もやの中にかろうじて見分けられた。三方を砂礁脈の高い尖塔にとりかこまれて、別荘と島とはある無機的な幻想のように砂漠から現われ出ていた。別荘へ向かう通路のそばにそそり立った岩の螺旋塔は糸杉の並木そっくりで、天然の彫刻作品がそれらをとりまくようにして生えていた。
――――
単行本p.16

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。砂漠に棲む砂エイのせいで怪我をした語り手は、謎めいた美女に助けられ、彼女が世捨て人のようにひっそりと隠れ住んでいる家に運び込まれる。モデルの姿を反映して有機的に変化し続ける能動肖像画に、少しずつ立ち現れてゆく真実とは。


『コーラルDの雲の彫刻師』
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 わたしたちが手がけた雲の彫刻の中でとりわけ異様なそれは、レオノーラ・シャネルの肖像である。いまにして思うと、去年の夏のあの昼下がり、白いリムジンに乗った彼女がコーラルDの雲の彫刻師たちをはじめて見物にきた当時には、この美しい、だが、狂気をはらんだ女性が、うららかな空にうかぶ彫刻をどれほど真剣にうけとめているかを、まだわたしたちはほとんど認識していなかったのだ。それからほどなく、竜巻の中に彫りあげられた肖像は、その彫刻師たちの骸の上に雷雨の涙をふらすことになったのである。
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単行本p.49

 テクノロジーと芸術と倦怠が支配する砂漠のリゾート、ヴァーミリオン・サンズを舞台としたシリーズの一篇。巨大な雲の周囲をグライダーで飛び回りながら、薬品を雲に吹きつける雲の彫刻師たち。薬品がふれた部分は水蒸気が凝結して雨となって地上に降り注ぎ、雲はその部分だけ「切り取られ」て、ごく短時間しか存在できない巨大な彫刻作品へと変わるのだ。コーラルDの周辺で活動していた雲の彫刻師グループが、謎めいた美女にパーティでの余興としての雲彫刻を依頼される。だがパーティ会場には、渦巻く愛憎の象徴のような嵐と竜巻、そして悲劇が訪れる。


『死亡した宇宙飛行士』
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 一ダースの宇宙飛行士が軌道上の事故で死亡し、カプセルは新しい星座を作る星のように夜空を経巡っていた。最初のうち、ジュディスはほとんど無関心だった。その後、流産してから、頭上を経巡る死亡した宇宙飛行士の姿が、時間へのオブセッションとともにジュディスの心に再登場した。何時間も、何かが起きるのを待っているかのように、ジュディスは寝室の時計をじっと眺めていた。
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単行本p.81

 事故で回収不能となり、死亡した宇宙飛行士を乗せたまま軌道上をめぐり続ける有人宇宙カプセルたち。ときおり誘導ビーコンに引き寄せられて、すでに廃墟となって久しいロケット発射場を目指して落下してくる。宇宙飛行士だった恋人の「帰還」を、ロケット発射場で待ち続ける女と男。見捨てられた宇宙時代の遺物が、時をこえて彼らにもたらすものとは。


『ウェーク島へ飛ぶわが夢』
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 磨滅した砂とコンクリートの組み合わせ、滑走路の傍で錆びていく金属の無線小舎、そんな人造風景総体の心理的還元が、彼の心をあいまいだが強力に捉えたのだった。不毛にも洋上に孤立していながら、ウェーク島はメルヴィルの意識の中で、やがて強烈な可能性の圏域となっていった。彼は太平洋を島づたいに軽飛行機でウェーク島まで飛ぶ白昼夢をみた。
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単行本p.169

 墜落して砂に埋もれた軍用機を掘り出し続ける男。決して飛び立つはずのない残骸を掘り出しながら、彼はひたすらウェーク島へ飛ぶ夢を見ていた。そんな男の前に、夢をかなえる現実的な手段が現れるのだが……。


『低空飛行機』
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 四十年前はこれとは対照的に、世界人口の著しい落ち込み、出生率の明らかな暴落、さらにもっと不穏なことには、奇形の胎児の大増加が万人に知れ渡ると、不安の病が蔓延して収拾がつかない有様だった。(中略)その反面、当初こそパニックがあったものの、本物の絶望はついぞみられなかった。三十年間、人々はシーズンの終わりにテントを解体して動物を殺すサーカス勤めの一団よろしく、さばさばと割り切ってわが子を抹殺し、西半球を店仕舞してきたのだった。
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単行本p.205、206

 重度の奇形児しか生まれなくなった近未来。パニックが過ぎ去った後に残されたわずかな人々は、それぞれに静かな終末風景の中を生きている。正常児を産むという希望にかけた女性とその夫は、ほぼ無人となったリゾート地にたどり着く。そこで出会った、野外で低空飛行を繰り返す医師。なぜ彼はそんな無意味に見える行動を繰り返しているのだろうか。


『死者の刻』
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 道路からそれて、サトウキビ畑のあいだの小道を進みはじめると、みんながそろったという奇妙な慰めをおぼえた。“家族”といるという安心感めいたものが生まれたのだ。同時に彼らと縁を切りたいという衝動はまだ残っており、機会があれば――通りがかった国民党軍の車輛に便乗させてもらえるかもしれない――最初の機会で彼らを置き去りにしただろう。しかし、からっぽの風景のなかで、彼らはすくなくとも安心の要素をもたらしてくれた。とりわけ敵意のある日本軍パトロールと出くわした場合に。おまけに彼らに対する忠誠心が、そして彼ら――死者――が、わたしを見捨てた生者よりも生きているという感覚がはじめて芽生えていた。
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単行本p.362

 太平洋戦争の集結直後。大陸における日本軍の捕虜収容所に収容されていた青年が、多数の遺体を墓地まで輸送するよう命じられる。途中で遺体を廃棄してそのまま逃走する予定だった青年だが、次第に死者だけが自分の仲間だという感覚にとらわれてゆく。自身の体験を元に書かれた、後の長編『太陽の帝国』の原型となる作品。



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『裏世界ピクニック ファイル9 ヤマノケハイ』(宮澤伊織) [読書(SF)]

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「こ──こうして二人きりでさ、知らない世界を探検できて、私すごく嬉しいの。鳥子が私を選んでくれて、ほんとに感謝してる」
 喋っているうちに調子が出てきて、口からつるつる言葉がこぼれてきた。「あのとき、この世でいちばん親密な関係って言ってくれたよね。正直最初は、こいつ何言ってんだろって感じだったけど──」
「ちょ、ちょちょちょ、待って、なに?」
 耐えかねたのか、鳥子が目を丸くして私を振り返った。
「どうしたの空魚、今日テンションおかしくない?」
「そ、そうかな。いつもこんな感じじゃない?」
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Kindle版No.309


 裏世界、あるいは〈ゾーン〉とも呼称される異世界。そこでは人知を超える超常現象や危険な生き物、そして「くねくね」「八尺様」「きさらぎ駅」など様々なネットロア怪異が跳梁している。日常の隙間を通り抜け、未知領域を探索する若い女性二人組〈ストーカー〉コンビの活躍をえがく連作シリーズ、その第9話。Kindle版配信は2018年4月です。


 ストルガツキーの名作SF『路傍のピクニック』をベースに、ゲーム『S.T.A.L.K.E.R. Shadow of Chernobyl』の要素を取り込み、日常の隙間からふと異世界に入り込んで恐ろしい目にあうネット怪談の要素を加え、さらに主人公を若い女性二人組にすることでわくわくする感じと怖さを絶妙にミックスした好評シリーズ『裏世界ピクニック』。

 もともとSFマガジンに連載されたコンタクトテーマSFだったのが、コミック化に伴って「異世界百合ホラー」と称され、やがて「百合ホラー」となり、ついには「百合」となって、SFセミナーで「“2018年の百合”について『裏世界ピクニック』著者の宮澤伊織先生に語っていただき、皆さんにも百合と“遭遇”してもらおうというドキドキの企画」(早川書房の4月30日付けツイートより)が開催されるという、もうストルガツキーもタルコフスキーも関係ない世界に。

 ファーストシーズンの4話は前述の通りSFマガジンに連載された後に文庫版第1巻としてまとめられましたが、セカンドシーズン以降は各話ごとに電子書籍として配信。ファイル5から8は文庫版第2巻に収録されています。既刊の紹介はこちら。


  2017年03月23日の日記
  『裏世界ピクニック ふたりの怪異探検ファイル』(宮澤伊織)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-03-23


  2017年11月30日の日記
  『裏世界ピクニック2 果ての浜辺のリゾートナイト』(宮澤伊織)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-11-30


 そして、このファイル9からサードシーズンが始まりました。


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「おまえらさ、あれだけ怖い目に遭って、なんでやめないんだ? 第四種接触者がどんな悲惨なことになったか、見たよな? あれを見てまだ行こうと思えるのが信じられない。なんでだよ」
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Kindle版No.142


 いったいなぜ、危険極まりない裏世界の探検を続けるのか。語り手である空魚の過去が少しずつ明かされ、やや危ういその動機が語られます。


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 被害者をやめるのは、その気になれば可能だった。
 でも被害者じゃないなら、自分はなんなんだろう、という疑問に答えは出なかった。
 加害者になるつもりはない。誰かを傷つけたいわけじゃない。
 別に被害者と加害者は対立概念ではないけれど、なんだかその二つの間で、自分自身が宙ぶらりんになった気がしていたのだ。
 そこに鳥子が現れて、あの言葉を投げかけてくれた。
 ──共犯者。 最初はピンと来なかったその概念が、大事なものになったのはいつからだろう。
 あの一言で、鳥子は私に、新しい居場所を与えてくれたのだ。
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Kindle版No.482


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 ときどき考えることがある。裏世界から認識のヴェールを剥ぎ取る私の右目の力を、もし鳥子が手に入れていたらどうなっていたか。
 きっと鳥子は目の能力を使いまくって、一人でどんどん裏世界の奥へと踏み込んでいただろう。閏間冴月を追いかけて、私なんか歯牙にも掛けずに。
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Kindle版No.165


 今回は安全なルートを確保するという偵察ミッションなので、割と気楽に(お弁当持って)裏世界に入り込んだ二人ですが、もちろん裏世界はそんな甘いところではなく……。サブタイトルで『日本現代怪異事典』(朝里樹)をひくと何が起きるか予想できてしまうため、調べるのは読後にしておくことをお勧めします。ちなみに『裏世界ピクニック』の参考書としてもお勧めの『日本現代怪異事典』、紹介はこちら。


  2018年01月23日の日記
  『日本現代怪異事典』(朝里樹)
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-01-23


 というわけで、「空魚が鳥子に全身を撫で回される話」からスタートしたサードシーズン。この先どう展開してゆくのか、たぶんコンタクトテーマSFにはならないんだろうな、今後も読み進めたいと思います。



タグ:宮澤伊織
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