So-net無料ブログ作成
読書(ファンタジー・ミステリ・他) ブログトップ
前の5件 | -

『肺都 アイアマンガー三部作3』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

――――
 なんという夢のような、めくるめく物語であることか。
 全三巻を読み終えた方の多くが、アイアマンガーの物語に四巻目がないことにあらためて狼狽え、茫然としていらっしゃるのではないだろうか。訳者としても、これでクロッドとルーシーとお別れかと思うと残念至極であるけれども、こうして全巻が無事に刊行されたことに心から安堵している。
 全巻、これ、ごみと汚物と個性的な人々が織りなす交響曲のようであった。ヴィクトリア朝時代の大都市は想像以上に汚れていて、本書からは凄まじいまでの腐臭汚臭悪臭激臭が漂ってきた。
――――
単行本p.567


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている巨大ゴミ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」があった。そしてごみ捨て場の外側には「穢れの町」が位置していたが、今やどちらも滅びてしまった。警察に追われるアイアマンガーたちは肺都(ロンドン)に潜伏し、密かにクーデターを企てていた……。ゴミを支配する奇怪で魅力的な一族を描くアイアマンガー三部作、その第三部、完結編。単行本(東京創元社)出版は2017年12月、Kindle版配信は2017年12月です。


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台、そしてその外側に広がる緩衝地帯というべき「穢れの町」が第二部の舞台でした。紹介はこちら。


  2019年08月05日の日記
  『穢れの町 アイアマンガー三部作2』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-08-05

  2019年06月17日の日記
  『堆塵館 アイアマンガー三部作1』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-06-17


 完結編である本書では、舞台はロンドンに移ります。アイアマンガーたちが「肺都(ラングドン)」と呼ぶ英国の首都。堆塵館は滅び、穢れの町は焼け、アイアマンガー一族はお尋ね者の犯罪者集団としてロンドンに身を潜めています。


――――
 奴らがぼくたち一族を捜している、と何度も繰り返し聞かされた。奴らに見つかったら、全員が殺され、アイアマンガーは死に絶える、と。でも、見つからずにいれば、彼らは見当違いな部屋や罪のない家のなかを捜して無為な時間を過ごすので、そのあいだにぼくたちはどんどん強くなり、アイアマンガーの名にある怒り(アイア)はますます苛烈なものになる。ぼくたちはロンドン――この町を別の名なんかで呼べるわけがない――に入ることを許されていない。禁じられている。アイアマンガー一族は不法入国者なのだ。(中略)閉じ込められ、この悪臭に満ちた空気を吸ったり吐いたりしながら、周到に、残酷な計画を立てている。このロンドンで。ロンドンに対して。
――――
単行本p.78、79


――――
「おまえたちはアイアマンガーだ。アイアマンガーらしく振る舞え。強く勇敢であれ。肺都のなかに溶け込め、入り込め、肺都人のなかに身を隠せ、目立つな。頭を使え、智恵を出せ。肺都人を滅ぼせ、打ち倒せ、悲鳴をあげさせろ。あと二晩、二晩だけだ、うまくちりぢりになってやり過ごせば、すべてが為されたときにまた暗黒のなかでひとつにまとまれる。われわれ一族は繁栄し、われわれは、われわれアイアマンガーは、支払われるはずのものを、見返りを、一族の死に対する贖いを、ウェストミンスター橋で手に入れるのだ。そこでアイアマンガーは怒りを湛え、嚙みつき、爆発する。さあ、行こう。おまえたちにわが祝福を」
――――
単行本p.185


 ところで前巻でルーシーに説得され、正義のためにアイアマンガー一族に反旗を翻す決意をしたはずの主人公クロッド君。ルーシーは死んでしまい(と彼は信じている)、ロンドンでは犯罪者として追われる身になった途端、ぼくやっぱりアイアマンガーの一員だし、とか何とか、流れで一族の陰謀に協力する気になってゆく、しかも婚約者との仲も進展するという、このヘタレっぷりが素晴らしい。ご貴族様って楽ですね。

 ところでクロッドが貴族の悩みを抱えてうじうじしているとき、ルーシーはどうしていたのでしょうか。


――――
 みすぼらしい穢れの町は壊滅した。そしてわたしたちは、こんな狭いところでかろうじて生きている。出口のようなものはないかとあたりをつついて探してみても、なにもない。最初はなにも見つからなかった、長いあいだ。闇のなかで助けを呼んでいたけれど、だれも答えてくれなかった。
(中略)
 考えるのよ、考えるの。勘を働かせて。感じなくちゃ、ルーシー、さもないとわたしたちはここで終わってしまう。そうしたら、クロッドには二度と会えない。彼はまだ生きているのよね? はっきりしているのは、ここで閉じ込められておしまいには絶対にさせないってこと。わたしはみんなといっしょにここから出ていく。みんなを引き連れて。
――――
単行本p.208、209


――――
 銃声、そうよね? 拳銃を持っているのだ。それがわたしたちを狙っているのだ。わたしたちを殺すつもりなのだ。地下に戻ったらわたしたちは死ぬ。通りにいたら、そしてこの川の向こう側では、わたしたちは死ぬ。燃えさかる穢れの町ではもっとたくさんの死が、死者が、死体が、重なり合っていた。どこへ行っても死しかない。どうすれば生き延びられる? どうすればこっそり死を避けて生きていける? 息のできるほんの小さな場所をどうやったら見つけられるの? わたしたちが求めているのはそれだけ。生き延びること。それがそれほど大それた望みなのか。
 そう、そうだった。いつだってそうだ。大それた望みなのだ。
――――
単行本p.217


 これが貴族階級と労働者階級の差というものでございますよ。

 ただのゴミや汚物だけでなく、児童労働や階級差別や貧困や何かかや「凄まじいまでの腐臭汚臭悪臭激臭」(「訳者あとがき」より)を放つロンドンの姿がこれでもかとばかりに詰め込まれており、読み進めるにつれて次第にアイアマンガー一族が企てているらしい非道な計画が成功してロンドン壊滅すればいいのになあ、と読者の気持ちもそっちに流れて。

 そして、今やクロッドには、念じるだけでロンドンとその支配階級を破壊するだけの力があるのです。すべては一族の長、ウンビット・アイアマンガーの計画通り。クロッドこそ彼の最終兵器。アキラが、目覚める。


――――
 われらは風に漂う悪臭、だれも踏まないのにキイキイ鳴る床板、そなたらの夢に現れる影、振り払うことのできぬ気味の悪さ、われらこそが、もっとも暗いごみの支配者アイアマンガーである。
――――
単行本p.492


――――
 彼らはこの私を、悪党、暗殺者、殺人者と呼ぶだろう。
 そうとも、そう呼ぶがいい。
 すべてが今日で終わる。なにもかもを瓦礫に変えてやる。私、ごみの王ウンビットが、そして暗い朝にようやく私のかたわらにたどり着いたクロッド、人殺しクロッドが。すべてを根こそぎ動かすクロッド、すべてを消し去るクロッド。わが最後の武器。
――――
単行本p.463


 ウンビットの野望とは。アイアマンガー一族の命運は。そしてフォースのアイアマンガーサイドに堕ちたクロッドは何をしでかすのか。そしてルーシーは間に合うのか。


――――
 ぼくはクロッド。これはぼくの話。もうじき終わりになる話。
――――
単行本p.462


――――
 それがどうしたっていうの。
 わたしはルーシー・ペナント。
 これはわたしのお話。
 簡単には終わらせない。
 そうよね?
――――
単行本p.233


 ルーシー、頑張れ。読者のすべての希望を一身に背負って、汚物と穢れと悪臭のただ中、もうちょっと具体的にいうと、英国女王と英国議会とアイアマンガー一族とゴミの結集、そのただ中に飛び込んでゆくルーシー。殴れルーシー。第一巻でも第二巻でもやったように、ここで、最後の場面で、思いっきり張り飛ばせ、ルーシー。そして、えっ、あの、本当に終わってしまうの、この物語は……。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『穢れの町 アイアマンガー三部作2』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

――――
 誰しも子供時代に、妙に真っ直ぐな小枝や、美しい青緑色のガラスの欠片、つるつるした丸い石、錆びた歯車、ごっこ遊びに最適な細さと長さの鉄パイプなどを見つけ、持ち帰ったことがあるだろう。手にした瞬間、まるで物と自分が運命で紐付けられているような気分になったはずだ。(中略)けれど物との運命の糸は、大人によって捨てられ、あるいは自分自身が大人になってしまうことで、ぷつんと切れ、あのがらくたは遠い過去の物、ただのゴミになる。子供の目には価値があるのに、大人になると見えなくなる物たち。がらくた、役に立たないゴミ、当たり前すぎて素通りしてしまう、いつもの道具。
 そうやってうずたかく積まれた屑山の頂に、エドワード・ケアリーは立っている。これまでも、寄る辺ない孤独を抱える切実で繊細な存在を描き続けた作家が、ペンを取り声をあげ、お話を語りはじめる。すると、がらくたたちは息を吹き返す。たちまち古道具やゴミ屑はケアリーの体にくっつき、どんどん膨らみ巨大になって、物語は轟音を立てながら動き出す。
 私たちは夢に見たことがある。お気に入りのぬいぐるみが、石鹸が、ティーポットが、ボタンが、コインが、ぺちゃくちゃとおしゃべりする場面を。そして今、アイアマンガー三部作を読むことによって、夢が現実になったことを知るのだ。
――――
単行本p.364


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている巨大ゴミ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」があった。そしてごみ捨て場の外側には「穢れの町」ことフィルチングが位置している。金貨に姿を変えたアイアマンガー家の少年、ボタンとなってゴミ山に捨てられた少女、穢れの町で再会した二人は、アイアマンガー家に反旗を翻す決意を固めるが……。
 ゴミを支配する奇怪で魅力的な一族を描くアイアマンガー三部作、その第二部。単行本(東京創元社)出版は2017年5月、Kindle版配信は2017年5月です。


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台でした。ちなみに紹介はこちら。


  2019年06月17日の日記
  『堆塵館 アイアマンガー三部作1』(エドワード・ケアリー)
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2019-06-17



 続編である本書では、金貨に姿を変えられてしまった少年クロッドと、ボタンとなって捨てられた少女ルーシー、二人がそれぞれ「穢れの町」ことフィルチングで繰り広げる冒険が描かれます。ゴミ屋敷の中で終始する息の詰まるような閉塞感に満ちた前作から、いきなりオープンワールドに放り出される二人。背後からは、アイアマンガー家おかかえの狩人たち、警察、殺人鬼など、凶悪な敵が迫ってきて、ひたすら逃げ回る展開に。


――――
 今日、十シリング金貨がなくなったことを知らされた。それはただの金貨じゃない。クロッドというアイアマンガーで、優れた能力があるのに、一族に従わずに物に変えられたという。わたしはその人物を探してここに連れてくるように命じられた。「その子は姿を変えられるの?」とわたしが訊くと、「できない」という返事だった。「いまのところはまだ身につけていない。しかし物に関する知識は生まれつきものすごいということだ。どうしても捕まえなければならない」
――――
単行本p.100


――――
「よく聞くんだ、クロッド・アイアマンガー。よく聞けよ。おれが穢れの町にこっそりやってきた目的はただひとつ。たとえどんなに引っ張られ引き伸ばされても決して揺らぐことのなかった目的。おれが動じないのは、その目的があるからだ。それはな、この汚らしい町の通りを歩きまわり、アイアマンガーを見つけたら鋭い物で突き刺し、そいつがたったひとりで人気のない通りで倒れて死ぬのを見ることなんだよ。奴らは大勢の者たちに同じことをしてきたんだ。しかし、実を言えば、純血アイアマンガーはめったに手に入らなかった。おれは復讐の鬼なんだよ、クロッド・アイアマンガー」
――――
単行本p.152


 様々な敵がクロッドを追いつめてゆきます。そして明かされるアイアマンガー家の邪悪な陰謀(だろうと思ってた)。それを止められるのはただ一人……。


――――
「奴らはやめないぞ、クロッド・アイアマンガー、おまえがいなくなっても続けていくぞ。ずっとひどいことを続け、もっと強くなっていくんだ。そして奴らは、贋人間の軍隊を引き連れてロンドンに乗り込むつもりだ。さらに国全体に、さらにはヨーロッパに向かう。結局は、おまえたちは見つかってしまうだろうな。いきなり、奴らがおまえたちの前に現れるんだ」
「ぼくの一族が」
「おまえの一族がな」
「だったら、あの人たちを止めなければならないと思います。あなたがそれをしなくてはならない。あなたこそがそれをする人です」
「おれはもうそんなに強くない」
「あなたがだめなら、だれがするんです?」
「だれがするんだろうな、クロッド・アイアマンガー」
――――
単行本p.169


 正直、クロッドじゃ駄目だろうな、英国終わったな、と読者は思うわけですが、しかしクロッドは一人じゃない。勇ましい味方がついているのです。


――――
「わたしはクロッドを探す。クロッドはきっとわたしを待ってる。わたしがいなければなんにもできないんだから。本当になんにもできないの、あの弱虫は。ああ、早く会いたい」
――――
単行本p.127


――――
 わたしは黙ってやられるつもりはないわよ。そいつの口のなかに黙って入るつもりはない。とんでもない、そいつに飲み込まれそうになったら、バシバシ殴りつけてやる。痛い思いをさせてやる。死にものぐるいで傷つけてやる。わたしをだれだと思ってるの。残虐なルーシー・ペナントよ。なんだってやってやる。
――――
単行本p.267


――――
「戦うためにわたしたちが立ち上がらなければ、正しいことがなくなってしまう」わたしは言った。
「私たちは死ぬまで屋根裏で縮こまって暮らしていくことになる。みんな暗がりのなかにひっそり隠れていて、そのうちひとり、またひとりと、ウンビットとその仲間に見つけられては殺されていく。これまでに何百人もの人たちが抵抗できずにそれを受け入れてきたのよ。みんな飢えに飢えて、自分の子供たちを売って。でもそんなこと、もうさせちゃいけない。立ち上がらなければ。もうこれ以上、あの人たちの好きにさせちゃいけない。わたしたちの、戦う集団を作るの」
――――
単行本p.292


 クロッドとルーシーが力を合わせれば(というかルーシーがクロッドの尻を蹴飛ばし続ければ)、もしかしてアイアマンガーの一族に対抗できるかも、という読者の淡い期待をよそに、ヴィクトリア女王がさっさと先手を打ってきます。アイアマンガーもろとも面倒なゴミはすべて焼き尽くしてしまいなさい。


――――
 本日、議会は以下のことに同意することを正式に決議した。フォーリッチンガム区は可及的速やかに、徹底的に、絶対的な非情な手段により、灰塵に帰されることとする。火熱がそこにあるすべての菌を滅消するまで破壊する。
 本決議は、右記のごとく緊急性を要するために、可及的速やかに遺漏なく実行されるものとする
――――
単行本p.286


 たちまち始まるロンドン大火。逃げまどう住民たち。壁をなぎ倒し爆発的に集結するゴミの山。ロンドン反攻を企てるアイアマンガー。彼らの拠点をすべて破壊せんとする女王。とてつもない大混乱に巻き込まれたクロッドとルーシーの命運やいかに。というところで、またもや「続く」になるという、非道。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『堆塵館 アイアマンガー三部作1』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

――――
 ケアリーの小説の魅力は、謎めいた登場人物たち、ゼロから構築した新しい世界観、造形物の美しさ、細部の描写のみごとさ、物への偏愛、リズムのある独特な文体、グロテスクでありながらも愛らしいイラストなどに表れている。そのすべてが贅沢に織り込まれた世界は、ファンタジーやミステリや歴史小説やホラーやSFといったジャンルを超え、まさしく「ケアリーの世界」としか言いようのないものになっている。
(中略)
 廃材やごみで作られた巨大な館でごみと悪臭に囲まれて暮らす人々がいる、という発想も魅力的である。見捨てられ、顧みられない、汚いごみや屑やがらくたが、ケアリーの手によって美しいもの、愛おしいものへ変わっていき、美醜の境がしだいに崩れていく。美醜だけでなく、善悪や正邪の輪郭も崩れていき、世界観、価値観の逆転が起きていく。
――――
単行本p.420


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている広大なごみ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」が建てられた。アイアマンガー家の者たちは堆塵館で生まれ、特別な「誕生の品」を与えられ、誕生の品とともに生き、やがて堆塵館で死ぬ。超巨大ゴミ屋敷で生きる奇怪な一族を描くアイアマンガー三部作、その第一部。単行本(東京創元社)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


――――
「この悪臭を放つ鼻摘みもの、粉々になったもの、ひび割れたもの、錆びたもの、ねじを巻きすぎたもの、欠けたもの、臭いもの、醜いもの、有毒なもの、使い道のないもの。そうした嫌われたものに注ぐアイアマンガーの愛情に勝るものはこの世にはない。われらが所有したものは茶色で、灰色で、黄ばんでいて、染みだらけで腐臭を放っている。われらは白黴の王だ。黴すらも所有していると私は思っている。われらは黴の大家なのだ」
――――
単行本p.257


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。


――――
「彼らは落ちぶれたが、わが一族は栄えた。われらが力をつけるにつれて、彼らは弱くなり、われらがさらに土地を増やすにつれて、彼らは住む場所を失い、われらには元気な子供が増えるいっぽうで、彼らには死ぬ子供が増えた。そのためにわれらは愛されなくなった。だが、いっこうに気にしなかった。われらはあらゆる借財を、どんな借財でも、ことごとく買い取った。借財を買いあさって、それを自分たちのものにした。人々が泣いても、われらはそんな涙にほだされなかった。人々が必死にすがりついても、聞く耳を持たなかった。すがりついて頼んでもむだだとわかると、人々はわれらに唾を吐いた。それで罰金を払う羽目になった。彼らはわれらを罵り、それで罰金を払う羽目になった。彼らはわれらを叩きのめし、それで監獄に入れられた。もっとひどい罰も受けた」
――――
単行本p.256


――――
「人々が減るにつれてわれらは増えていき、人々が物を捨てるにつれてわれらの物は増えていった。彼らが物乞いになるにつれ、われらは豊かになった。ロンドンのだれかがなにかを投げ捨てるたびに、われらの儲けになった。あらゆる鶏の骨が、あらゆる書き損じの紙、あらゆる残飯、あらゆる割れた物が、われらのものなのだ。彼らは、向こうの人々は、われらを憎んでいる。われらを不浄のもの、アイアマンガー属、野蛮、愚か者、非情と見なしている。彼らはロンドン市内からわれらを締め出した。アイアマンガー一族はひとりとしてフィルチング特別区から出てはならないという法令を制定した。それでわれらはフィルチングに、この区の壁のなかに、ごみ溜めにいるのだ」
――――
単行本p.258


 この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台となります。


――――
「わたしたちは堆塵館と呼んでいますけどね。周囲何キロにもわたってほかに住んでいる者はひとりもいません。だから門から外に出たら、間違いなく迷子になるし、おまえを見つけるのはとても難しくなります。ここはごみ屑のなか。門の外はどこまでもごみが広がっています。この場所が描かれている地図はありません。わたしたちは閉じ込められているわけですね」
――――
単行本p.36


――――
 われらが館、堆塵館を作り上げているのは、目にしたとおりの煉瓦とモルタルではなく、寒さと痛みだった。この場所が作られたときの恨み、悪意、苦悩と悲鳴と汗と唾だった。ほかの人々の涙が壁紙となって壁を覆っていた。館が悲鳴をあげるのは、わが一族がこの世のほかの人々におこなった仕打ちを人々が覚えているからだった。恐ろしい夜に、館はどれほどすすり泣き、喚き、唸ったことかどれほど悲鳴をあげ、うめいたことか、どれほど罵り、責めたことか、ぞれほど恐ろしい嵐に痛めつけられたことか。
――――
単行本p.370


 ごみ屋敷、お化け屋敷、呪われた館。この堆塵館に住むアイアマンガー家の少年が主人公の一人です。彼には特別な力があり、それは「物の声が聞こえる」というものでした。彼にとって堆塵館は物の声に満ちているのです。


――――
 館は声を発し、音を発し、囁き、吠え、歌い、囀り、ぶつぶつ言い、きんきんするような、声高な、さまざまな声であふれていた。甲高くて元気な若い声もあれば、嗄れて震える老いた声、女の人の、男の人の、数え切れない、無数の声。しかもそれは人の発するものではなく、館にある物が発する声なのだ。カーテン・レール、鳥かご、文鎮、インク壺、床板、手摺、ランプシェード、鈴を鳴らす紐、お茶の盆、ヘアブラシ、扉、ベッド脇のテーブル、洗面器、髭剃り用ブラシ、葉巻カッター、繕い物をする台、足拭き、絨毯などの声。
――――
単行本p.148


 少年がいつも肌身離さず持っている浴槽の栓。それは「誕生の品」と呼ばれる特別なもので、アイアマンガー家の者は誰もが生まれたときにその品を与えられ、一生それと共に暮らすことになるのでした。


――――
 アイアマンガー一族に赤ん坊が生まれると、おばあさまが選んだ特別な品物を与えられるのが慣わしだった。アイアマンガー一族が相手を判断するときの基準は、誕生の品をどれほど大切に扱っているかということだった。ぼくたちアイアマンガー一族は、誕生の品をいつでも身に着けていなければならなかった。
――――
単行本p.12


 「誕生の品」といっても別に高価なものではなく、ただの「がらくた」だというところがアイアマンガーらしさ。しかもその役に立たないがらくたに多大な愛情を注ぐところもまたアイアマンガーです。

 そんなアイアマンガー家の少年が、あるとき堆塵館に召使としてやってきた少女と偶然に出会ったことから物語が始まります。典型的なボーイ・ミーツ・ガールなのですが、何しろ設定が強烈なので「馴染み深いストーリー」に安心感を抱いてしまう……。と思っていたら読者の予想を裏切るとんでもない展開に唖然とさせられます。さすがに続きを読まずにはいられないクリフハンガー。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『リラと戦禍の風』(上田早夕里) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

――――
「かつて、リラは言いました。『戦禍の風は、子供や大人の区別なく、あらゆる人間を怪物に変える』と。確かにその通りです。人間の社会では、いつの時代でも、そのようなことが簡単に起こり得る。だから僕はそれに対して、横合いから茶々を入れられる者になりたいのです。愚かな社会の狭さを指して、人を恐ろしい風から遠ざけておきたい。それは魔物にしかできないでしょう? 永遠の時を生きる者にしか」
「それは魔物の務めじゃない。虚構(フィクション)の仕事だね」
「魔物なんて、所詮は、虚構(フィクション)みたいなものじゃありませんか。書物や物語と同じなんだ。いつも人に寄り添い続けているという意味でも」
――――
単行本p.476


 第一次世界大戦当時、塹壕で死にかけていたひとりの若きドイツ兵が、460年も生きてきたという魔物と出会う。魔力とひきかえに彼に与えられたのは、リラという少女を守る使命だった。『セント・イージス号の武勲』から百年後の世界を舞台に、人間と魔物が入り乱れる歴史ファンタジー。単行本(KADOKAWA)出版は2019年4月、Kindle版配信は2019年4月です。


『セント・イージス号の武勲』より
――――
「上官が部下を思いやったり勇ましく闘ったりーー。こんなのは、木造帆船時代でおしまいだよ。鉄鋼船の時代が来れば、戦争の方法は大きく変わる。大砲や新しい道具がどんどん発達し、これまで以上に、人を人とも思わない潰し合いが始まるだろう。産業の発展は戦争の形まで変える」
――――


 19世紀初頭を舞台とした『セント・イージス号の武勲』で予感されていた「人を人とも思わない潰し合いの戦争」の時代がやってきた20世紀。戦場では兵士がただ殺され、銃後では人々が飢えて死ぬ。それなのに兵力と新兵器は果てることなく次々と投入され、戦いはいつまでも続いてゆく。


 近代戦のやりきれない悲惨と理不尽を背景に、人間らしさを失ってゆく人間たちと、非情であくどいのにどこか人間くさい魔物たちが入り乱れて活躍する長編です。


――――
「戦時下の過酷さの中では、子供も子供のままではいられない。子供時代をすっ飛ばして、いきなり大人になってしまうの。この意味がわかるかな。ヒューバーさんから見ると、私は子供のくせに冷たくて残酷なことを言う怪物みたいに見えるかもしれない。でも、それがその通りだとしても、私を怪物に変えたのは戦争よ。戦禍の風は、子供や大人の区別なく、あらゆる人間を怪物に変える。それはヒューバーさんも、よくわかっているでしょう」
――――
単行本p.160


――――
「お願いします。僕を魔物にして下さい。僕は人を救うために人であることを捨てます。あなたと出会わなければ戦場で死んでいた身だ。戻る場所もないのだから、好きなように生きさせて下さい。魔物の力を得ることでリラを生涯守り抜き、同時に、なんの罪もない人たちを救えるなら、僕はすべてを捨てられる。何ひとつ惜しくはありません」
――――
単行本p.171


――――
「どれほど時間がかかっても変えるわ、そんな世の中は」リラは作業服の袖口をめくり、髪を後ろでひとつにまとめた。「この世に生きるすべての人が、他の誰かから『存在するな』とか『物を考えるな』とか『いつまでも俺たちに支配されてろ』なんて言われないで暮らせる世界を、私たちは何百年かかってでも作りあげる」
――――
単行本p.385


 登場人物たちはいずれも二面性を抱えています。恐ろしいほど非情な一面を見せるととに、驚くほどナイーブで情熱的に理想を語ったりします。斜に構えた態度を崩さない魔物たちも、人間の熱意にほだされたり、何のかんの言いながら人間を助けたり。


――――
「『人間である』とは、どういうことなのか。おそらく人間は、常にそれを己自身に向かって問い続けていなければ、容易に、人でないものに変わってしまうのだ。不断に問い続けることで、かろうじて人は人であり続けられる。その問いを自ら捨てた結果が、この無残な欧州大戦そのものじゃないのかね」
――――
単行本p.414


 魔物(妖怪)に託す形で「人間とは何なのか」と問い続けるという意味では、セント・イージス号よりも、むしろ『妖怪探偵・百目』のシリーズに近いような印象を受けます。魔物たちによる楽しそうな百鬼夜行シーンも登場しますし。



タグ:上田早夕里
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:

『ノッキンオン・ロックドドア』(青崎有吾) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

――――
「どちらが探偵さん?」
「残念ながら両方です」と僕。「うちは共同経営でしてね」
「俺が不可能専門、御殿場倒理」
「僕が不可解専門、片無氷雨」
 順に自己紹介したが、マダムにはいまいち伝わらなかったらしい。
「不可能……不可解?」
「得意分野だよ」相棒――倒理が答えた。「謎に合わせて担当を分けてるんだ」
――――
単行本p.10


 犯人の足跡が残っていない雪上殺人、衆人監視下での不可能毒殺、なぜ犯人は絵を赤く塗ったのか、なぜ犯人は被害者の髪を切ったのか。不可能専門探偵と不可解専門探偵、相棒にしてライバルの二人が組んで謎を解くバディ探偵もの連作ミステリ短篇集。単行本(徳間書店)出版は2016年4月、Kindle版配信は2016年4月です。


 犯行方法を推理するのが得意な倒理、犯人の不可解な行動の動機を見破るのが得意な氷雨。それぞれ一人では解けない謎も、互いに分担し協力すれば解決する。というわけで二人の探偵が分担して事件に挑みます。


――――
 僕ら二人の関係は、まるでファミコンの横スクロールアクションだ。プレイヤーが扱えるキャラクターは二人。片方のキャラは攻撃力が高く、もう片方のキャラはジャンプ力が強い。倒理じゃないと倒せない敵もいるし、僕じゃないと届かない足場もある。目前の敵や地形に合わせて、僕らは目まぐるしく入れ替わる。そうやって少しずつステージのゴールを目指す。補い合う。協力する。共闘する。
 共謀する。
――――
単行本p.238


 なぜこういう面倒くさい探偵に仕事が来るかというと刑事の知り合いがいるからで、どうして不可能犯罪やら不可解犯行やらに出くわす率が異様に多いのかというと実行犯の背後にトリックを考案してやる教唆者がいるから。そしてさらに面倒なことに、この四人は旧友でありライバルなのです。


――――
 僕らの関係は複雑だが、難解ではない。
 大学時代、僕ら四人は同じゼミに在籍していた。文学部社会学科・第十八期天川ゼミ「観察と推論学」。教授が採り上げる数多の犯罪を相手に、毎週四人で机を囲み、議論し、学び、ほどほどにサボり、卒業して社会に出た。
 四人のうち、一人は犯罪者を捕らえる仕事に就き、
 二人は犯罪を暴く仕事に就き、
 もう一人は犯罪を作る仕事に就いた。
 まあ、それだけのことである。
――――
単行本p.145


 それだけのことである、っていうか、四人の暗黙の協力によって流れ作業的に殺人事件が量産されているような気がしてならないんですけど……。


[収録作品]

『ノッキンオン・ロックドドア』
『髪の短くなった死体』
『ダイヤルWを廻せ!』
『チープ・トリック』
『いわゆる一つの雪密室』
『十円玉が少なすぎる』
『限りなく確実な毒殺』


『ノッキンオン・ロックドドア』
――――
 アトリエの天窓ははめ殺しであり、ドア以外現場に出入口はなかった。そしてドアには、内側から鍵がかかっていた――つまりは密室殺人である。
 しかしその不可能状況の他に、現場にはもう一つ不可解なものが。
 アトリエの壁には霞蛾作の風景画が六枚飾られていたのだが、そのすべてが額縁から出されて床に放られており、しかも一枚は、真っ赤に塗りつぶされていたというのだ。
――――
単行本p.14

 密室内で殺されていた画家。なぜ犯人はわざわざ絵を赤く塗ったのか。不可能犯罪と不可解犯行が見事に融合された事件に、二人の探偵が挑みます。


『髪の短くなった死体』
――――
「このとおり、善田さんは髪を長く伸ばしていました。コンビニの防犯カメラの映像でも髪は長いままでした――ところが死体発見時は、髪が短くなっていたんです。うなじあたりの長さまでばっさりと」
「……それってつまり」
「ええ。犯人は死体の髪を切り、それを現場から持ち去っているんです」
 神保は首を60度近く傾け、「不可解でしょ?」としたり顔で言った。
――――
単行本p.45

 なぜ犯人は被害者の長い髪を切って持ち去ったのか。一見して不必要な犯人の行動、その背後にある動機は、事件の構図をひっくり返すだけのものだった。


『ダイヤルWを廻せ!』
――――
 この人何か勘違いしてるんじゃないか? と疑念を抱き始めた僕らをよそに、長野崎仁志は立ち上がらんばかりの勢いで熱く断じたのだった。
「つまり祖父は、遺書に暗号を残したんですよ!」
(中略)
 この人何か勘違いしてるんじゃないか? と今日二度目の疑念を抱き始めた僕らをよそに、奈津子女史はその細い瞳に炎を燃やして言い張ったのだった。
「きっと父は、誰かに殺されたのよ!」
――――
単行本p.77、79

 不可解な状況で亡くなった老人。遺書に書かれている番号通りにダイヤルを回しても開かない金庫。二つの事件にそれぞれ分担して取り組んだ倒理と氷雨は、現場で鉢合わせすることに。


『チープ・トリック』
――――
 心臓を撃たれ、死体となり、窓際に倒れていた湯橋甚太郎。被害者が立っていたのは窓からわずか50センチしか離れていない場所だ。しかし彼は事前に狙撃を警戒しており、何があってもカーテンを開けようとせず、それどころか窓際に近づこうとさえしなかった。
 ――だとしたら、どうやって彼は窓際で狙撃を?
「不可解だ」
「それに不可能」
――――
単行本p.122

 分厚いカーテンに隠された部屋、しかも窓際には決して近づかない被害者を、狙撃犯はどうやって仕留めたのか。狙撃現場に残された大胆不敵な挑戦状。倒理と氷雨には、このトリックを考え出した黒幕に心当たりがあった……。


『いわゆる一つの雪密室』
――――
「ところが、誰がどうやって空き地の真ん中にいる男を殺したのか、それがわからないってわけで。つまりこれは、いわゆる一つの」
「雪の密室!」
 口元がほころんだ。これぞ“不可能専門”探偵・御殿場倒理が待ち望んでいた絶好のシチュエーション! 俺はご馳走にありつく前みたく、手袋をつけた両手をすり合わせる。
 対照的にテンション下がりまくりの“不可解専門”が、背後で「温泉入りたい」とぼやくのが聞こえた。
――――
単行本p.150

 雪に覆われた空き地の真ん中で刺し殺されていた男。残されていた足跡は被害者のものだけ。いわゆる雪密室に二人が挑む。


『十円玉が少なすぎる』
――――
「『十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ』」
 ゆっくりはっきり、言いました。
 倒理さんと氷雨さんはまばたきを二度繰り返し、仲よく首をかしげました。
「今朝学校に行くとき、そういう言葉を耳にしたんです。スマホで通話してる男の人とすれ違って、その人が通話相手に話しかけてるのが一部分だけ聞こえて」
――――
単行本p.184

 『十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ』
 探偵事務所のバイトである高校生が聞き取った何気ない言葉。そこからどんな推理が可能だろうか。言うまでもなく『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマン)の本歌取りで、「原典」と同じ着地点を目指して二人の推理は進んでゆきます。


『限りなく確実な毒殺』
――――
「男が衆人環境下で毒殺された」と、倒理。「奴が飲んだシャンパンから毒物が。だがグラスに最初から毒が入っていたはずはない」
「でも、男がグラスを取ったあとに毒が混入したとも考えられない」
「本当にそうだとしたら奴は死なない。何か見落としてるんだ。盲点を。シャンパンに毒を混ぜる方法を……」
――――
単行本p.239

 衆人監視下での毒殺。被害者が飲んだグラスから検出された毒物。しかし、最初から毒が入っていたはずはなく、後から入れることも不可能。そして現場に残された挑戦状。再び奴の考案したトリックが使われたのだ。倒理と氷雨は旧友からの「出題」に立ち向かう。



nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:
前の5件 | - 読書(ファンタジー・ミステリ・他) ブログトップ