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『堆塵館 アイアマンガー三部作1』(エドワード・ケアリー:著、古屋美登里:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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 ケアリーの小説の魅力は、謎めいた登場人物たち、ゼロから構築した新しい世界観、造形物の美しさ、細部の描写のみごとさ、物への偏愛、リズムのある独特な文体、グロテスクでありながらも愛らしいイラストなどに表れている。そのすべてが贅沢に織り込まれた世界は、ファンタジーやミステリや歴史小説やホラーやSFといったジャンルを超え、まさしく「ケアリーの世界」としか言いようのないものになっている。
(中略)
 廃材やごみで作られた巨大な館でごみと悪臭に囲まれて暮らす人々がいる、という発想も魅力的である。見捨てられ、顧みられない、汚いごみや屑やがらくたが、ケアリーの手によって美しいもの、愛おしいものへ変わっていき、美醜の境がしだいに崩れていく。美醜だけでなく、善悪や正邪の輪郭も崩れていき、世界観、価値観の逆転が起きていく。
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単行本p.420


 19世紀後半、英国ロンドン郊外に広がっている広大なごみ捨て場。その中にロンドン中のゴミを支配するアイアマンガー家の屋敷「堆塵館」が建てられた。アイアマンガー家の者たちは堆塵館で生まれ、特別な「誕生の品」を与えられ、誕生の品とともに生き、やがて堆塵館で死ぬ。超巨大ゴミ屋敷で生きる奇怪な一族を描くアイアマンガー三部作、その第一部。単行本(東京創元社)出版は2016年9月、Kindle版配信は2016年9月です。


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「この悪臭を放つ鼻摘みもの、粉々になったもの、ひび割れたもの、錆びたもの、ねじを巻きすぎたもの、欠けたもの、臭いもの、醜いもの、有毒なもの、使い道のないもの。そうした嫌われたものに注ぐアイアマンガーの愛情に勝るものはこの世にはない。われらが所有したものは茶色で、灰色で、黄ばんでいて、染みだらけで腐臭を放っている。われらは白黴の王だ。黴すらも所有していると私は思っている。われらは黴の大家なのだ」
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単行本p.257


 ロンドン中のゴミが集められたゴミ山、そのなかに建てられた超巨大ゴミ屋敷で暮らすアイアマンガー家。人々は彼らを忌み嫌い、恐れ、憎んでいるが、その財力と権力には誰も逆らえない。ゴミを通じてロンドンを支配する一族という奇抜な設定から、とてつもなくグロテスクで汚らしく、同時に美しくも愛おしい、不思議な世界が展開してゆきます。


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「彼らは落ちぶれたが、わが一族は栄えた。われらが力をつけるにつれて、彼らは弱くなり、われらがさらに土地を増やすにつれて、彼らは住む場所を失い、われらには元気な子供が増えるいっぽうで、彼らには死ぬ子供が増えた。そのためにわれらは愛されなくなった。だが、いっこうに気にしなかった。われらはあらゆる借財を、どんな借財でも、ことごとく買い取った。借財を買いあさって、それを自分たちのものにした。人々が泣いても、われらはそんな涙にほだされなかった。人々が必死にすがりついても、聞く耳を持たなかった。すがりついて頼んでもむだだとわかると、人々はわれらに唾を吐いた。それで罰金を払う羽目になった。彼らはわれらを罵り、それで罰金を払う羽目になった。彼らはわれらを叩きのめし、それで監獄に入れられた。もっとひどい罰も受けた」
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単行本p.256


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「人々が減るにつれてわれらは増えていき、人々が物を捨てるにつれてわれらの物は増えていった。彼らが物乞いになるにつれ、われらは豊かになった。ロンドンのだれかがなにかを投げ捨てるたびに、われらの儲けになった。あらゆる鶏の骨が、あらゆる書き損じの紙、あらゆる残飯、あらゆる割れた物が、われらのものなのだ。彼らは、向こうの人々は、われらを憎んでいる。われらを不浄のもの、アイアマンガー属、野蛮、愚か者、非情と見なしている。彼らはロンドン市内からわれらを締め出した。アイアマンガー一族はひとりとしてフィルチング特別区から出てはならないという法令を制定した。それでわれらはフィルチングに、この区の壁のなかに、ごみ溜めにいるのだ」
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単行本p.258


 この不快で忌まわしく、でも気になって仕方のない不思議な魅力を持つ一族が住んでいる館、堆塵館が第一部の舞台となります。


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「わたしたちは堆塵館と呼んでいますけどね。周囲何キロにもわたってほかに住んでいる者はひとりもいません。だから門から外に出たら、間違いなく迷子になるし、おまえを見つけるのはとても難しくなります。ここはごみ屑のなか。門の外はどこまでもごみが広がっています。この場所が描かれている地図はありません。わたしたちは閉じ込められているわけですね」
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単行本p.36


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 われらが館、堆塵館を作り上げているのは、目にしたとおりの煉瓦とモルタルではなく、寒さと痛みだった。この場所が作られたときの恨み、悪意、苦悩と悲鳴と汗と唾だった。ほかの人々の涙が壁紙となって壁を覆っていた。館が悲鳴をあげるのは、わが一族がこの世のほかの人々におこなった仕打ちを人々が覚えているからだった。恐ろしい夜に、館はどれほどすすり泣き、喚き、唸ったことかどれほど悲鳴をあげ、うめいたことか、どれほど罵り、責めたことか、ぞれほど恐ろしい嵐に痛めつけられたことか。
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単行本p.370


 ごみ屋敷、お化け屋敷、呪われた館。この堆塵館に住むアイアマンガー家の少年が主人公の一人です。彼には特別な力があり、それは「物の声が聞こえる」というものでした。彼にとって堆塵館は物の声に満ちているのです。


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 館は声を発し、音を発し、囁き、吠え、歌い、囀り、ぶつぶつ言い、きんきんするような、声高な、さまざまな声であふれていた。甲高くて元気な若い声もあれば、嗄れて震える老いた声、女の人の、男の人の、数え切れない、無数の声。しかもそれは人の発するものではなく、館にある物が発する声なのだ。カーテン・レール、鳥かご、文鎮、インク壺、床板、手摺、ランプシェード、鈴を鳴らす紐、お茶の盆、ヘアブラシ、扉、ベッド脇のテーブル、洗面器、髭剃り用ブラシ、葉巻カッター、繕い物をする台、足拭き、絨毯などの声。
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単行本p.148


 少年がいつも肌身離さず持っている浴槽の栓。それは「誕生の品」と呼ばれる特別なもので、アイアマンガー家の者は誰もが生まれたときにその品を与えられ、一生それと共に暮らすことになるのでした。


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 アイアマンガー一族に赤ん坊が生まれると、おばあさまが選んだ特別な品物を与えられるのが慣わしだった。アイアマンガー一族が相手を判断するときの基準は、誕生の品をどれほど大切に扱っているかということだった。ぼくたちアイアマンガー一族は、誕生の品をいつでも身に着けていなければならなかった。
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単行本p.12


 「誕生の品」といっても別に高価なものではなく、ただの「がらくた」だというところがアイアマンガーらしさ。しかもその役に立たないがらくたに多大な愛情を注ぐところもまたアイアマンガーです。

 そんなアイアマンガー家の少年が、あるとき堆塵館に召使としてやってきた少女と偶然に出会ったことから物語が始まります。典型的なボーイ・ミーツ・ガールなのですが、何しろ設定が強烈なので「馴染み深いストーリー」に安心感を抱いてしまう……。と思っていたら読者の予想を裏切るとんでもない展開に唖然とさせられます。さすがに続きを読まずにはいられないクリフハンガー。



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『リラと戦禍の風』(上田早夕里) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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「かつて、リラは言いました。『戦禍の風は、子供や大人の区別なく、あらゆる人間を怪物に変える』と。確かにその通りです。人間の社会では、いつの時代でも、そのようなことが簡単に起こり得る。だから僕はそれに対して、横合いから茶々を入れられる者になりたいのです。愚かな社会の狭さを指して、人を恐ろしい風から遠ざけておきたい。それは魔物にしかできないでしょう? 永遠の時を生きる者にしか」
「それは魔物の務めじゃない。虚構(フィクション)の仕事だね」
「魔物なんて、所詮は、虚構(フィクション)みたいなものじゃありませんか。書物や物語と同じなんだ。いつも人に寄り添い続けているという意味でも」
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単行本p.476


 第一次世界大戦当時、塹壕で死にかけていたひとりの若きドイツ兵が、460年も生きてきたという魔物と出会う。魔力とひきかえに彼に与えられたのは、リラという少女を守る使命だった。『セント・イージス号の武勲』から百年後の世界を舞台に、人間と魔物が入り乱れる歴史ファンタジー。単行本(KADOKAWA)出版は2019年4月、Kindle版配信は2019年4月です。


『セント・イージス号の武勲』より
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「上官が部下を思いやったり勇ましく闘ったりーー。こんなのは、木造帆船時代でおしまいだよ。鉄鋼船の時代が来れば、戦争の方法は大きく変わる。大砲や新しい道具がどんどん発達し、これまで以上に、人を人とも思わない潰し合いが始まるだろう。産業の発展は戦争の形まで変える」
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 19世紀初頭を舞台とした『セント・イージス号の武勲』で予感されていた「人を人とも思わない潰し合いの戦争」の時代がやってきた20世紀。戦場では兵士がただ殺され、銃後では人々が飢えて死ぬ。それなのに兵力と新兵器は果てることなく次々と投入され、戦いはいつまでも続いてゆく。


 近代戦のやりきれない悲惨と理不尽を背景に、人間らしさを失ってゆく人間たちと、非情であくどいのにどこか人間くさい魔物たちが入り乱れて活躍する長編です。


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「戦時下の過酷さの中では、子供も子供のままではいられない。子供時代をすっ飛ばして、いきなり大人になってしまうの。この意味がわかるかな。ヒューバーさんから見ると、私は子供のくせに冷たくて残酷なことを言う怪物みたいに見えるかもしれない。でも、それがその通りだとしても、私を怪物に変えたのは戦争よ。戦禍の風は、子供や大人の区別なく、あらゆる人間を怪物に変える。それはヒューバーさんも、よくわかっているでしょう」
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単行本p.160


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「お願いします。僕を魔物にして下さい。僕は人を救うために人であることを捨てます。あなたと出会わなければ戦場で死んでいた身だ。戻る場所もないのだから、好きなように生きさせて下さい。魔物の力を得ることでリラを生涯守り抜き、同時に、なんの罪もない人たちを救えるなら、僕はすべてを捨てられる。何ひとつ惜しくはありません」
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単行本p.171


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「どれほど時間がかかっても変えるわ、そんな世の中は」リラは作業服の袖口をめくり、髪を後ろでひとつにまとめた。「この世に生きるすべての人が、他の誰かから『存在するな』とか『物を考えるな』とか『いつまでも俺たちに支配されてろ』なんて言われないで暮らせる世界を、私たちは何百年かかってでも作りあげる」
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単行本p.385


 登場人物たちはいずれも二面性を抱えています。恐ろしいほど非情な一面を見せるととに、驚くほどナイーブで情熱的に理想を語ったりします。斜に構えた態度を崩さない魔物たちも、人間の熱意にほだされたり、何のかんの言いながら人間を助けたり。


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「『人間である』とは、どういうことなのか。おそらく人間は、常にそれを己自身に向かって問い続けていなければ、容易に、人でないものに変わってしまうのだ。不断に問い続けることで、かろうじて人は人であり続けられる。その問いを自ら捨てた結果が、この無残な欧州大戦そのものじゃないのかね」
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単行本p.414


 魔物(妖怪)に託す形で「人間とは何なのか」と問い続けるという意味では、セント・イージス号よりも、むしろ『妖怪探偵・百目』のシリーズに近いような印象を受けます。魔物たちによる楽しそうな百鬼夜行シーンも登場しますし。



タグ:上田早夕里
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『ノッキンオン・ロックドドア』(青崎有吾) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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「どちらが探偵さん?」
「残念ながら両方です」と僕。「うちは共同経営でしてね」
「俺が不可能専門、御殿場倒理」
「僕が不可解専門、片無氷雨」
 順に自己紹介したが、マダムにはいまいち伝わらなかったらしい。
「不可能……不可解?」
「得意分野だよ」相棒――倒理が答えた。「謎に合わせて担当を分けてるんだ」
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単行本p.10


 犯人の足跡が残っていない雪上殺人、衆人監視下での不可能毒殺、なぜ犯人は絵を赤く塗ったのか、なぜ犯人は被害者の髪を切ったのか。不可能専門探偵と不可解専門探偵、相棒にしてライバルの二人が組んで謎を解くバディ探偵もの連作ミステリ短篇集。単行本(徳間書店)出版は2016年4月、Kindle版配信は2016年4月です。


 犯行方法を推理するのが得意な倒理、犯人の不可解な行動の動機を見破るのが得意な氷雨。それぞれ一人では解けない謎も、互いに分担し協力すれば解決する。というわけで二人の探偵が分担して事件に挑みます。


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 僕ら二人の関係は、まるでファミコンの横スクロールアクションだ。プレイヤーが扱えるキャラクターは二人。片方のキャラは攻撃力が高く、もう片方のキャラはジャンプ力が強い。倒理じゃないと倒せない敵もいるし、僕じゃないと届かない足場もある。目前の敵や地形に合わせて、僕らは目まぐるしく入れ替わる。そうやって少しずつステージのゴールを目指す。補い合う。協力する。共闘する。
 共謀する。
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単行本p.238


 なぜこういう面倒くさい探偵に仕事が来るかというと刑事の知り合いがいるからで、どうして不可能犯罪やら不可解犯行やらに出くわす率が異様に多いのかというと実行犯の背後にトリックを考案してやる教唆者がいるから。そしてさらに面倒なことに、この四人は旧友でありライバルなのです。


――――
 僕らの関係は複雑だが、難解ではない。
 大学時代、僕ら四人は同じゼミに在籍していた。文学部社会学科・第十八期天川ゼミ「観察と推論学」。教授が採り上げる数多の犯罪を相手に、毎週四人で机を囲み、議論し、学び、ほどほどにサボり、卒業して社会に出た。
 四人のうち、一人は犯罪者を捕らえる仕事に就き、
 二人は犯罪を暴く仕事に就き、
 もう一人は犯罪を作る仕事に就いた。
 まあ、それだけのことである。
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単行本p.145


 それだけのことである、っていうか、四人の暗黙の協力によって流れ作業的に殺人事件が量産されているような気がしてならないんですけど……。


[収録作品]

『ノッキンオン・ロックドドア』
『髪の短くなった死体』
『ダイヤルWを廻せ!』
『チープ・トリック』
『いわゆる一つの雪密室』
『十円玉が少なすぎる』
『限りなく確実な毒殺』


『ノッキンオン・ロックドドア』
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 アトリエの天窓ははめ殺しであり、ドア以外現場に出入口はなかった。そしてドアには、内側から鍵がかかっていた――つまりは密室殺人である。
 しかしその不可能状況の他に、現場にはもう一つ不可解なものが。
 アトリエの壁には霞蛾作の風景画が六枚飾られていたのだが、そのすべてが額縁から出されて床に放られており、しかも一枚は、真っ赤に塗りつぶされていたというのだ。
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単行本p.14

 密室内で殺されていた画家。なぜ犯人はわざわざ絵を赤く塗ったのか。不可能犯罪と不可解犯行が見事に融合された事件に、二人の探偵が挑みます。


『髪の短くなった死体』
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「このとおり、善田さんは髪を長く伸ばしていました。コンビニの防犯カメラの映像でも髪は長いままでした――ところが死体発見時は、髪が短くなっていたんです。うなじあたりの長さまでばっさりと」
「……それってつまり」
「ええ。犯人は死体の髪を切り、それを現場から持ち去っているんです」
 神保は首を60度近く傾け、「不可解でしょ?」としたり顔で言った。
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単行本p.45

 なぜ犯人は被害者の長い髪を切って持ち去ったのか。一見して不必要な犯人の行動、その背後にある動機は、事件の構図をひっくり返すだけのものだった。


『ダイヤルWを廻せ!』
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 この人何か勘違いしてるんじゃないか? と疑念を抱き始めた僕らをよそに、長野崎仁志は立ち上がらんばかりの勢いで熱く断じたのだった。
「つまり祖父は、遺書に暗号を残したんですよ!」
(中略)
 この人何か勘違いしてるんじゃないか? と今日二度目の疑念を抱き始めた僕らをよそに、奈津子女史はその細い瞳に炎を燃やして言い張ったのだった。
「きっと父は、誰かに殺されたのよ!」
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単行本p.77、79

 不可解な状況で亡くなった老人。遺書に書かれている番号通りにダイヤルを回しても開かない金庫。二つの事件にそれぞれ分担して取り組んだ倒理と氷雨は、現場で鉢合わせすることに。


『チープ・トリック』
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 心臓を撃たれ、死体となり、窓際に倒れていた湯橋甚太郎。被害者が立っていたのは窓からわずか50センチしか離れていない場所だ。しかし彼は事前に狙撃を警戒しており、何があってもカーテンを開けようとせず、それどころか窓際に近づこうとさえしなかった。
 ――だとしたら、どうやって彼は窓際で狙撃を?
「不可解だ」
「それに不可能」
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単行本p.122

 分厚いカーテンに隠された部屋、しかも窓際には決して近づかない被害者を、狙撃犯はどうやって仕留めたのか。狙撃現場に残された大胆不敵な挑戦状。倒理と氷雨には、このトリックを考え出した黒幕に心当たりがあった……。


『いわゆる一つの雪密室』
――――
「ところが、誰がどうやって空き地の真ん中にいる男を殺したのか、それがわからないってわけで。つまりこれは、いわゆる一つの」
「雪の密室!」
 口元がほころんだ。これぞ“不可能専門”探偵・御殿場倒理が待ち望んでいた絶好のシチュエーション! 俺はご馳走にありつく前みたく、手袋をつけた両手をすり合わせる。
 対照的にテンション下がりまくりの“不可解専門”が、背後で「温泉入りたい」とぼやくのが聞こえた。
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単行本p.150

 雪に覆われた空き地の真ん中で刺し殺されていた男。残されていた足跡は被害者のものだけ。いわゆる雪密室に二人が挑む。


『十円玉が少なすぎる』
――――
「『十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ』」
 ゆっくりはっきり、言いました。
 倒理さんと氷雨さんはまばたきを二度繰り返し、仲よく首をかしげました。
「今朝学校に行くとき、そういう言葉を耳にしたんです。スマホで通話してる男の人とすれ違って、その人が通話相手に話しかけてるのが一部分だけ聞こえて」
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単行本p.184

 『十円玉が少なすぎる。あと五枚は必要だ』
 探偵事務所のバイトである高校生が聞き取った何気ない言葉。そこからどんな推理が可能だろうか。言うまでもなく『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマン)の本歌取りで、「原典」と同じ着地点を目指して二人の推理は進んでゆきます。


『限りなく確実な毒殺』
――――
「男が衆人環境下で毒殺された」と、倒理。「奴が飲んだシャンパンから毒物が。だがグラスに最初から毒が入っていたはずはない」
「でも、男がグラスを取ったあとに毒が混入したとも考えられない」
「本当にそうだとしたら奴は死なない。何か見落としてるんだ。盲点を。シャンパンに毒を混ぜる方法を……」
――――
単行本p.239

 衆人監視下での毒殺。被害者が飲んだグラスから検出された毒物。しかし、最初から毒が入っていたはずはなく、後から入れることも不可能。そして現場に残された挑戦状。再び奴の考案したトリックが使われたのだ。倒理と氷雨は旧友からの「出題」に立ち向かう。



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『困った作家たち 編集者桜木由子の事件簿』(両角長彦) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

「解説」(細谷正充)より
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 では、本書の主人公は誰なのか。各話に登場する作家である。傲慢・姑息・小心……。様々な問題を抱え、事件を引き起こしたり、巻き込まれたりする作家たち。由子を翻弄し、強烈な存在感を示す彼らが、真の主人公なのだ。困った作家たちの肖像を引き立てるために、由子は黒子に徹している。そこも本書の巧妙な作劇の手法となっているのである。
 この他、作家という題材にこだわりながらバラエティに富んだショート・ショートや、作中で触れられる作家たちの小説など、多角的に物語が楽しめるようになっている。
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文庫版p.281


 編集者・桜木由子が担当しているミステリ作家たちは、どうにもトラブルメイカーばかり。暴言吐きまくる。他人のネタを盗作する。映画の公開中止を要求する。さらには密室内で殺されたり、密室内で殺したり。癖のあるミステリ作家たちをめぐる事件を扱った連作ミステリ短篇集。文庫版(双葉社)出版は2018年1月、Kindle版配信は2018年3月です。


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 この世に完全な人間が存在しないのと同様、彼女とて完全な編集者ではない。こちらがメールした五百枚の原稿を一瞬で削除してしまい、再度送った五百枚をまた一瞬で削除してしまい、などということはしょっちゅうなのだが、そういうミスを犯すのは、たいてい飲んだ翌朝である。女性編集者の中に酒豪が多く、また酒癖の悪い者が多いことはよく知られているが、彼女は間違いなくその両部門でチャンピオンになれる器である。
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文庫版p.272


 編集者・桜木由子と、彼女から仕事を依頼される探偵・鶴巻文久をレギュラー登場人物とする連作短篇6篇と、その間に挟み込まれたショートショート5篇(「謝辞」まで含めれば6篇)から構成されるという、『ハンザキ』『便利屋サルコリ』『ブラッグ』などでお馴染みの形式を採用した連作短篇集です。

 いずれも性格に問題のあるミステリ作家たちが、事件を引き起したり、事件に巻き込まれたりして、編集者である桜木由子をやきもきさせます。「~~の事件簿」という副題がついているミステリ短編集だと、その人物が次々と事件を解決してゆくような内容を想像するのですが、今作に限っては、じたばたする、探偵に泣きつく、酒を飲んでわめく、というのが彼女の役割。あくまでミステリ作家たちのエキセントリックぶりを楽しむ作品が並んでいます。


[収録作品]

『edit1 最終候補』
  ショートショート『七分の力』
『edit2 盗作疑惑』
  ショートショート『紙とペン』
『edit3 口述密室』
  ショートショート『学歴詐称』
『edit4 死後発表』
  ショートショート『良い筆名』
『edit5 公開中止』
  ショートショート『借りた本』
『edit6 偽愛読者』
  謝辞


『edit1 最終候補』
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「結果が出るまで候補者を隣の部屋で待たせておくという選考会は、今はもうなくなってしまいましたけど、××社のミステリー新人賞でもやってたんですよね」宝来が嬉々として言った。
「こういうのって、いやがる人もいるかもしれませんけど、僕は大歓迎ですよ。入選者だけが隣の部屋に呼ばれ、先生方から祝福を受ける。あとの者はすごすご帰る。じつにはっきりしてていいじゃないですか」
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文庫版p.14

 ミステリ新人賞の最終選考のあいだ、候補者たちは別室に集められ、全員で結果を待つことに。このなかの誰か一人だけが作家としてデビューが決まり、他の人はすごすご帰るはめになるのだ。そして、候補者の一人がひたすら暴言を吐きまくる……。

 『臓器賭博』を思い出させる登場人物たちのえげつない心理戦が展開される作品ですが、そもそも選考には何の影響も与えられないのに、ライバルを貶してでも心理的に優位に立とうと必死であがく心理がもの哀しい。


『edit2 盗作疑惑』
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「あの人の小説の場合、毎回『読者への挑戦』などと謳ってはいますが、前段を読んだだけでは真相に到達することは絶対に不可能な構造になっているんです。ところがこの手紙の主は、その『後付け』まですべて予想しているじゃないですか!」
――――
文庫版p.56

 何の伏線もなくいきなり「実はこうこうだった」と後付けの無理設定を持ち出して解決してしまう悪い癖があるミステリ作家。新作の謎解きが発表される前に、盗作を糾弾する手紙が送られてくる。そこには、読者には絶対に推理できるはずのない真相(いいのかそれで)が書かれていた。盗作疑惑を抱えたままでは出版できない、焦る桜木由子。はたして盗作なのか、そして差出人の正体は?


『edit3 口述密室』
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 テープに残されていた音声から推察すると、有坂の死は単純な転落事故とも考えられるが、そう断定できない不審な点が、少なくとも二つあった。
 一つは、なぜ鉄棒が簡単にはずれたのかということ。もう一つは、有坂が密室ミステリー『軌道上密室』を執筆中に、現実の密室内で死んだということだった。これは偶然の一致だろうか?
――――
文庫版p.110

 自室にカンヅメになって原稿を口述録音していたミステリ作家が、新作の密室トリックの謎解き部分を吹き込む直前に死んだ。現場は完全な密室。関係者には鉄壁のアリバイ。録音テープに残された微妙な物音。事故か、自殺か、それとも殺人か。連作中、最も本格ミステリ度が高い作品。


『edit4 死後発表』
――――
 三百枚の原稿! 内容は? あの事件の真相についてだ。それ以外ありえないではないか! 事件はまだ完全に忘れ去られたわけではない。出版すれば確実に話題になる。
 桜木には今こそ、鳴海の意図がはっきり理解できていた。あの事件について、生きている間は何も話すつもりはない。死んだあとで、すべてを明らかにする。そのために、ひそかに原稿を書き続けていたのだ。さすがの作家根性だ。
――――
文庫版p.154

 愛人を殺して逮捕された作家。密室と化した家のなかで、彼はなぜ遺体と共に長時間を過ごしたのか。逮捕された後も完全黙秘を貫き、真相を語らないまま有罪判決を受けた作家が残した原稿。そこに書かれているのははたして事件の真相なのだろうか。何としてでも遺稿を手に入れて出版しようと桜木由子は奮闘するが……。


『edit5 公開中止』
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「小説家なんてみんなそうだ。何も知りゃしないんだ。それがみんなから先生先生とおだてられて、いい気になってるうちに――」
「みなさん、落ち着いてください」熊谷が、興奮するみんなを懸命になだめながら、エージェントにたずねた。「すると、公開はできないんですか。大和さんがそう主張する限り」
「そういうことです」エージェントはうなずいた。「確かに作家一人のワガママです。しかしこのワガママは、六億円の映画の公開を止める力を持っている。持ってしまっているのです。現実として」
「そんな!」
――――
文庫版p.196

 新作映画の試写会に出席した原作者が公開中止を要求する。何度たずねても理由は不明。契約上このままでは映画はお蔵入りになってしまう。気に入らない部分があればカットするから、という申し出に対しても、かたくなに説明を拒む作家。説得にあたった桜木由子も担当を外されてしまう。何が作家の逆鱗に触れたのか。そこには誰も知らない事情があった。


『edit6 偽愛読者』
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「作家にとって最大の悪夢だ。自分の作品をモデルにした犯罪が起き、その犯人と面会しなきゃならないなんて」桜木によって鶴巻の事務所に連れてこられた芝は、テーブルに置かれたコーヒーに口をつけようともせず、力無く言った。
「作家は、自分の小説が現実にもたらす影響について責任を持つ必要はないし、責任を持たされることなどあってはならない。だってそうだろ、小説はアジテーションじゃないんだから」
――――
文庫版p.146

 自分はある作家の愛読者で、その先生の新作に影響されて殺人事件を起こしたのだ、と供述した殺人事件の容疑者。いきなり名指しされた作家は、口では偉そうなことを言いながらも、小心者ゆえ震え上がってしまう。刑事責任はないにせよ、世間はどう反応するだろうか。このままでは作家生命もお終いだ。何とかして容疑者が嘘をついていると証明する他に助かる道はないが、いったいどうしたらそんなことが可能だろうか。作家、出版社、警察が協力して、前代未聞の火消し作戦が始まった。



タグ:両角長彦
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『ドラゴンの塔(下) 森の秘密』(ナオミ・ノヴィク、那波かおり:翻訳) [読書(ファンタジー・ミステリ・他)]

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故郷にいないと、自分の中身がからっぽになったような気がした。谷を出て山を越えたときから、毎日、故郷をなつかしんだ。根っこ……そう、わたしの心には根っこがある。その根は、穢れと同じくらいしぶとく、あの谷に根を張っている。(中略)なぜ〈ドラゴン〉があの谷から娘を召し上げるのか――それがふいに、わかったような気がした。なぜ、彼はひとりの娘を召し上げるのか、そして、なぜその娘は、十年の月日がたつと、谷から去っていくのか。
――――
単行本p.96


 邪悪な〈森〉に捕らわれていた親友カシアと王妃を救出したアグニシュカ。だがそれは狡猾な罠だった。人の悪意を操る〈森〉の策略により崩壊してゆく王国。アグニシュカたちが立てこもる〈塔〉は軍に包囲され、ついに武力と武力、魔法と魔法が激突する壮絶な攻城戦が始まる。『テメレア戦記』の著者による冒険ファンタジー長篇、その下巻。単行本(静山社)出版は2016年12月です。


――――
「〈森〉をあやつるやつは、愚かで猛々しいけだものとはちがう。そいつは目的のために思考し、計画し、行動する。そいつには人の心のなかが見えるんだ。そして、心に毒をたらしこむ」
――――
単行本p.120


 いよいよ〈森〉の秘密が明らかになる下巻。ちなみに上巻については昨日の日記を参照してください。


  2017年04月12日の日記
  『ドラゴンの塔(上) 魔女の娘』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2017-04-12


 〈森〉との闘いで善戦したアグニシュカ。だが、それもすべては〈森〉の策略だった。隣国との緊張関係、王国内部の政治力学、アグニシュカという異物。すべてを利用した狡猾な人心操作により、〈森〉は王国を崩壊へと導いてゆく。


――――
「あんなところに足を踏み入れちゃいけなかったんだ。踏みこんだうえに、兵はさらに進軍をつづけ、領土を広げ、木々を切り倒し、ついには〈森〉をふたたび目覚めさせてしまった。この先どうなるのかは、だれにもわからない」
(中略)
「そうよね、たぶん、あんな土地に住みついちゃいけなかったのよ。でも、もう手遅れだわ。〈森〉はわたしたちを放してくれない。わたしたちを逃がそうとしない。わたしたちを食い尽くし、むさぼり尽くしたいんだわ。だから、〈森〉に呑みこまれたが最後、戻ってはこられない。もう、やめさせなきゃ、そんなこと。逃げるんじゃなくて、やめさせなきゃ」
――――
単行本p.95、97


 アグニシュカと大魔術師〈ドラゴン〉ことサルカンがたてこもる〈塔〉を取り囲む数千の大軍。そして、武力と武力、魔法と魔法が激突する壮絶な攻城戦が始まる。どちらが勝利しても、疲弊した王国を〈森〉が取り込むだけ。分かっていながら、誰にも止められない戦争。

 まさに四面楚歌。ついに塔の大門が打ち破られ、敵兵がなだれ込んでくる。地下に逃げ込んだアグニシュカはサルカンと共に最後の魔法に挑む。奇跡は再び起きるのか。


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魔法書はすでに彼の手もとにない。『ルーツの召喚術』は消えてしまった。呪文を終わらせることはできないし、彼の力が尽きてしまったらきっと……。
 わたしは深く息をつき、サルカンの指に自分の指をからめて、呪文に合流した。彼はすぐには受け入れなかった。わたしは声をひそめ、息をはずませながら、自分の感じるままに歌った。もう地図はない。言葉も憶えていない。でも、わたしたちは、これをやり遂げたことがある。どこに向かうのか、なにを立ちあげるのか、それを憶えている。
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単行本p.257


 姿をあらわす〈森〉の正体。力でも魔法でも滅ぼすことの出来ない敵。その圧倒的なまでの悲しみと憎しみの理由を知ったアグニシュカには、はたして何が出来るのだろうか。


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 わたしは土山からおりて、池の底に広がる石を踏みながら〈森〉の女王に近づいた。女王が怒りをたぎらせてわたしに向かってくる。「アグニシュカ!」サルカンがしわがれた声で叫び、這いあがる樹皮と戦いながら、わたしのほうに片腕を伸ばした。わたしに近づいてくる〈森〉の女王の動きがしだいにゆっくりになり、止まった。召喚術の光が彼女を背後から照らし出す。女王のなかのすさまじい穢れが、長い歳月をかけて絶望がつくった苦渋の黒い雲が、召喚術の光に浮かびあがった。でも、光は彼女だけでなく、わたしの体も照らし、そして透過した。〈森〉の女王には、わたしの顔の奥に、彼女を見つけ返すほかのだれかが見えていたはずだ。
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単行本p.322


 理解と共感はヘイトを乗り越え共存への道を見つけることが出来るのか。西洋ファンタジーとして始まった物語は、現代の世界が抱えている課題へとストレートにつながり、やがて東欧民話の世界へと静かに回帰してゆきます。

 というわけで、魔法、東欧民話、師弟ドラマ、ロマンス、宮廷政治、戦争、さまざまな要素が絶妙なバランスで配置された、誰もがわくわくしながら読めるファンタジー長篇です。『テメレア戦記』が好きな方にはもちろん、物語の魅力でぐいぐい引っ張ってゆくファンタジー作品が好きな方に広くお勧めします。



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