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『煮汁』(戸田響子) [読書(小説・詩)]

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クレーンがあんなに高いとこにある罰せられる日が来るのでしょうか
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レーズンパンのレーズンすべてほじりだしおまえをただのパンにしてやる
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炊飯器で虹を作るという動画クリックしてもつながらなかった
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蚊柱が移動してゆく盛り塩をしてある家の電話が鳴ってる
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連写した見たこともない爬虫類SNSにはあげずにおいた
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いつもと同じ電車に乗ったはずなのにいくつも通り過ぎる無人駅
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 想像力の猛威をまざまざと見せつける歌集。単行本(書肆侃侃房)出版は2019年4月、Kindle版配信は2019年8月です。


 まずは、私的季節感。


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春だからぬれていこうじゃないですかフルーツ牛乳のふたをはね上げ
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夜道にてテレビの音がはっきりと聞こえてきたから夏が始まる
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終電は行ってしまった見上げれば月のまわりの淡い虹色
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標高五十から五十一メートルを行き来するスクワットの夜外は粉雪
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 続いて、食品に対する謎のオブセッション。


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いけないと思うほどつい食パンの断面に指をしずめてしまう
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レーズンパンのレーズンすべてほじりだしおまえをただのパンにしてやる
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ひとつずつ豆だいふくの豆だけを手術みたいに取り外してく
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思い出させてあげようじゃない次々と粉砕してゆくルマンドのくず
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くつくつとすべてを肯定してまわる鳩のようになり豆を食べたい
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賞味期限の近いものから順番に魚肉ソーセージ踊りはじめる
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 なにげない日常風景の奇妙さ。


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思い通りにならないようだと思ったが一応三分ぐらいはごねる
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いつも同じ時間にひとりで怒鳴ってるおじさんがいるバスターミナル
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街灯が灯る瞬間いくつもの影が貼り付きわたしを取り巻く
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じじ、じじと裸電球の残像が夢に出てくるあの日の夜市
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エンジェルを止めてくださいエンジンの見間違いだった地下駐車場
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どこかから水が漏れてる遊歩道遠くかすかに水音がする
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テラスから「ぃよっ」と母の声が降り雑巾は庭のバケツに入る
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リカちゃんで遊ぶ子らの声「ふりん」「てろ」「たなかさんちのじてんしゃがじゃま」
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 想像力の猛威。


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クレーンがあんなに高いとこにある罰せられる日が来るのでしょうか
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植え込みにピエロのカツラ落ちていて夕方見たらなくなっていた
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「ここの地下ディスコだったの」先輩がエレベーターの中で突然
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まさよしが多いんだよと絶叫し面接官は飛び出して行く
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なんだそういうドッキリかよと呟いた核シェルターからはい出た朝に
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人間の記憶はあいまいリカちゃんのお尻はきちんと割れてましたか
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やめろやめろーと月に向かって叫んでる男の手にはアスパラガスが
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炊飯器で虹を作るという動画クリックしてもつながらなかった
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ガスタンクが転がってくるのが怖いやることのない日曜のベランダ
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エレベーターの隙間の闇が見あげててまたぎ越すとき何かきこえた
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自販機の取り出し口から手が伸びて手をつかまれる気がしてならない
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 オカルト体験のイメージ。


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蚊柱が移動してゆく盛り塩をしてある家の電話が鳴ってる
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塀越しによくしゃべってた隣人の腰から下が人間じゃない
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この写真変じゃないです? ほらここの人の後ろに対戦車ミサイル
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エサが欲しいわけではなくて鯉たちの口の動きが送る警告
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連写した見たこともない爬虫類SNSにはあげずにおいた
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空気のように扱われてきたわけを知る自分の名がある墓石の前で
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薬屋の角から五軒目の家の庭からすごい怖い花出てる
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あっちだよ祭囃子に誘われて消えた彼女は今日も戻らず
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いつもと同じ電車に乗ったはずなのにいくつも通り過ぎる無人駅
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 もしかしたら同一人物かも知れない誰かの人物描写。


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どうぶつの形をしているビスケット頭から食べるような人なの
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さっきからずっとストローの袋をもんでもしかしてそれ鳥になるの?
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クリップをクリップとして使えない針金に伸ばす残虐なやつ
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携帯に「典型的なクズです」と言い雑踏に消えゆく男
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着信拒否をされている気がするんだと何度か言って帰っていった
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後入れのスープも全部入れちゃってよく読んでって言っても聞かない
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同じ誤字で君だとわかる昔から点が足らないと言ってるじゃない
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『ZENOBIA ゼノビア』(モーテン・デュアー:著、ラース・ホーネマン:イラスト、荒木美弥子:翻訳) [読書(小説・詩)]

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おじさんは 目になみだを ためていた
だいじょうぶだよ おじさん
ゼノビアのこと 思い出して
ゼノビアができるなら わたしにもできるよ
きっとだいじょうぶ わたしはそう言った

自分の むねの中だけに
そう言った
――――


 ある夜、大量の難民を乗せたボートが転覆。海に投げ出された一人の少女は、海底に沈んでゆきながら、これまでのことを思い出す。シリアで、そして世界中で、いま起きていることを短い文章とイラストで描いた痛切なグラフィックノベル。単行本(サウザンブックス社)出版は2019年10月です。


 いわゆる難民問題について考えるとき、それを面倒な政治上の課題として扱う前に、まずは一人一人の人間について想像することから始めなければなりません。


 本書は、シリア内戦を逃れてきた一人の少女の運命を描くことで、似たような境遇にある沢山の人々に、それぞれの人生があり、生活があり、希望や切望があり、大切な人がいる、そんな当たり前だが簡単に無視されがちな事実を想像する力を与えてくれます。


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広くて なんにもない
ここなら だれにもみつからない
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 悲しい物語ですが、難民問題なんて自分には関係ない、と感じているなら、まずは読んでみることをお勧めします。他者に対する想像力を欠いたまま自分の人生を生きてゆくのは困難で危険でさえある時代を私たちは生きています。



タグ:絵本
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『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』(高山羽根子) [読書(小説・詩)]

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 おばあちゃんの体の中で一番きれいなところは、まずまちがいなく背中だった。こういうことは私みたいな子どもがかんたんに口に出しちゃいけないと思っていたから、家族にきいてみたことはないし、みんなはそのことに気がついていないかもしれないけれど、これは事実として揺るぎがなかった。
(中略)
 見ていると急に、おばあちゃんの背中はまだきれいなままなのか猛烈に確かめたくなった。ひょっとしてあのときよりもっと年をとって、あるいは死んでしまって急に、背中はもう顔と同じくしょうゆ色のくちゃくちゃになっているかもしれない。今のおばあちゃんの背中がいったいどんなふうになっているのか確認したい。できることならあの光るきれいな背中を最後に見たい。
 そう考えはじめたとたん、自分のその欲が恥ずかしいもの、たとえば、ぜんぜん知らない他人の裸を見たいということよりもずっといけないことを考えているような気分になったけど、もうすぐでおばあちゃんは燃やされてしまうんだ、燃やされてしまったらあの背中は見られないんだ、そう考えたら我慢ができなくなった。
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単行本p.7、24


 あるとき偶然に入った店を気に入った語り手は、そこでかつての知り合いの消息を知ることになる。周辺的な記憶を散りばめつつ、あえて明示しないことで中心となるプロットを読者に再構築させるような作品。単行本(集英社)出版は2019年7月、Kindle版配信は2019年7月です。


 過去の記憶をめぐる物語です。幼い頃に体験した性あるいは性暴力にまつわるエピソードが多く、これがほのめかしとしてきいてきます。おばあちゃんの背中がきれいだったこと、工事現場でおっさんにお腹をなめられたこと、学生寮に迷い込んで男の人に触られそうになったこと。一つ一つの記憶をたどり、いったいどういう方向に話が転がるのか想像しながら読み進めることになりますが、なかなかそれが見えてこない。


 やがて語り手は偶然に入った店が気に入って、そこに通ううちに、昔の知り合いの消息を知ることになります。


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 その日から私は、なんとなく木曜になるとお店のアカウントを確認して、開いているとわかれば、今までなじみのなかった駅で降りて『ハクチョウ』に行くようになる。いつも私がお店に行くとたいていのばあいはカンベさんがいて、もうちょっと遅い時間になるとサイトーさんがやってくる。SNSの写真に笑顔になるでもなく写っていたイズミは、いつも働いているのではなく、手伝いなのか客なのか曖昧なようすで店にいることが多い。ほとんどの場合、その三人が店員をかわるがわるやっていて、日によって客になったり店員になったりしている。
 お店は、最初に入ったときからあまり印象が変わらない。いろんなことを聞き出されたりしないし、疎外された気分を強く感じることもない。私のことをよけいにもてなしすぎたりしないけれど、私が彼らに持つのと同じくらいの好奇心で私のことをたずねてくる。私も語りすぎないていどに自分のこと、たとえば仕事のこととか趣味のことを話す。
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単行本p.54


 知り合いとの再会を促された語り手は、気が進まないながら出かけてゆきます。そこから始まる過去の記憶とのチェイスがクライマックスシーンとなるわけですが、それでもやっぱり事情がすべて明らかにされるわけではなく、何となく分かったようなでも細かいいきさつは全然わからないまま、過去の記憶が様々な形で蘇ってくるなか疾走する語り手の背中を読者も追うことに。


 『オブジェクタム』や『居た場所』と同じく、あえてどういう話なのかを曖昧にしたまま読者に再構築を任せるタイプですが、その焦点のぼかし方はさらに巧妙で、まるで記憶そのもののように捉えどころなく、しかし切実に進んでゆく、そんな作品です。



タグ:高山羽根子
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『会いに行って――静流藤娘紀行(第三回)』(笙野頼子)(『群像』2019年9月号掲載) [読書(小説・詩)]

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 私小説とは自己だ。特権的自我を自らの言語能力で宮中から奪還し、陋屋に祭る、オオカミ神である(うちのは猫神)。
 師匠はけしてこの特権的自我が手に入るその特権階級の地位が欲しかったわけではなく、ただ志賀さんの書く夢の描写のような凄い文章に魅せられただけだ。
(中略)
 夢にも負けないほどソリッドな描法を装備した志賀直哉の文章に、若い頃から師匠はついていった、習練し正直に極めてから、違う様態の自我と向き合い、藍よりも青くなった。
 天皇も、戦争も、論理だった実利的な克服方法は、けして有効ではないと師匠は思っていたのか? それとも文学なんだから搦手から攻めるのが正しいと思っていたのだろうか。どっちにしろ剛直の師匠に逆張りはない。
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『群像』2019年9月号p.265、266


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第127回。


「必ず自分であってけして自分ではない。しかし、自分の肉体、経験と分かちがたくしてなおかつ、自分さえ知らぬあるいはもう忘れてしまった自分。千の断片としての自分。」(『群像』2019年9月号p.266)
 群像新人賞に選んでくれた恩人であり、また師と仰ぐ「私小説」の書き手、藤枝静男。渾身の師匠説連載その第三回。


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 天皇という捕獲装置を挟んでケンカをした、志賀直哉、中野重治。
 それは所有に基づく特権的自我の個人主義=志賀直哉と無私を目指す国家対抗的な自我=中野重治とのあり方の違いである。
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『群像』2019年9月号p.244


 いよいよ『志賀直哉・天皇・中野重治』に入ってゆく連載第三回です。その前に、まずは前回(第二回)の予告を振り返っておきましょう。


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 次回も書くけれど、ここにまず書いておく。志賀は特権階級で天皇に親しく、既にそこに捕獲されてしまっているのである。なので制度と知り合いを分ける事が出来ない。一方中野は人間と制度をきちんと分けている。しかし分ける事によって、人間をその行為ではなく人間性によって判断するという、文学としてもっとも適切な行為を禁じられてしまったのである。これもまた政治に捕獲されてしまった。
 噫、平野も師匠も本多も好きな、大切な志賀さんと大好きな中野、それをなんという悲しい分断であろう。
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『群像』2019年7月号p.200


 今回(第三回)はこれを受けて、『志賀直哉・天皇・中野重治』に沿うかたちで志賀直哉と中野重治、そして師匠、それぞれを読み解いてゆきます。


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 どんな障壁があっても忖度せず迎合せず「正しい」事をする志賀。それは結局好きなことが出来て自分で判断が出来る、何の偏見もなく権力を批判出来る王者の特権、特権的自我。広大な土地や財産や高い地位を以て例えばヴィーガンポリコレセレブが貫く「当然の義務」その一方、……。
 平等をとく彼の主人公時任謙作、そんな彼に対し中野だけではない師匠だって、刷り込まれた特権意識については何度も言っている。師匠は時任イコール志賀の立場、中野は作者と本人が違うという立場だけど。
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『群像』2019年9月号p.246


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 そんな、捕獲もされず勝ち馬にも乗っていない中野の姿は自分の人間関係もすべて忘れ、公共のためになんでも批判する義務、という悲劇でしかない。批評機械中野、精一杯口悪く頑張っているよ、ねえ? 自分を殺してでも「公器」になっている。技術の快感で?
(中略)
 そして公共的憎悪の器に、天才的な罵倒を盛る事も出来る。でも、そんなのいつまでもずっとしていてはいけないよ。本人はいいけど、まねしてやってる人々、その無私はいつか最悪になるから。
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『群像』2019年9月号p.243


 天皇論争とは別筋ですが、中野重治による『暗夜行路』批判にからめるかたちで、評論家に対する作家としての苦言をストレートに書いた箇所も印象的です。


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 まあそういうわけで結果全体を通すと、結局こんなのいくら優れた批評機械だとて、私でさえ、「ふーんこれ批判なの? なんでー・べつにー」、と思うだけである。そもそも徹底批判っていらんよ特に邪魔でもないけどあればついつい気になって見るけれど、普通、時間の無駄だ、次を書くからね、そしてどんな偉くたって別に一次生産者は自分を支えて同行してくれる以外の評論家なんか気にしないから。無論こういう作品だ、ってすーっと構造や筆致を解説してあるものは普通に役に立つし、時には尊敬だ。そもそも丁寧に読んでくれているだけでもその読みは作者が有効に使える指針。
 でも自分がしてもいない事をいちいちあれもやれこれもやれて言われてもねえ、出来ないことやしたくないことを指導されたって、うるさい、というよりそれは作家にとってはゼロだ。妖怪阿霊喪夜礼、狐霊喪夜礼だ。例えば女権拡張運動(既に今のフェミニズムとは違う昔のもの)の横へ「忠義面」で来て「おい男性差別にも配慮しないとだめだろ」って「被害者面」もする寄生妖怪。
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『群像』2019年9月号p.251


 こう書いた直後に「この中野はもしかしたら、好きで好きでたまらない対象を好きになってはいかんと思うような禁欲性に支配されていたのではないかと私はつい思う」(『群像』2019年9月号p.252)と駄目押しするのもすごい。


 というわけで、『志賀直哉・天皇・中野重治』を読み解きながら、天皇、天皇制、師匠、自身、そして私小説について書く、師匠説にして私小説でもある連作は、次回に続きます。



タグ:笙野頼子
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『短篇ベストコレクション 現代の小説2019』(日本文藝家協会:編) [読書(小説・詩)]

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 1980年代までのいわゆるバブル景気がはじけた後に到来した平成は、一口で言えば誰もが生きにくさを感じた時代だった。右肩上がりの成長神話が完全に崩壊し、自分の未来は薔薇色だ、と口にできるのはよほどの楽天家だけになった。
 平成という時代の担い手は、年号が替わってすぐに到来した就職氷河期の体験者である。自分の足元を見つめて歩く慎重さが求められ、能天気な言動をする者に対しては周囲からの非難が集中する。いわゆる「炎上」現象である。その一方で、高度情報化社会を器用に使いこなし、企業や権力者などの後ろ楯を必要とせずに一般からの支持を集める、ネットワーク化社会ゆえの英雄も登場した。
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文庫版p.691


 2018年に各小説誌に掲載された短篇から、日本文藝家協会が選んだ傑作を収録したアンソロジー。いわゆる中間小説を軸に、ミステリ、ホラー、震災小説、戦争文学まで、「平成」という時代を総決算するような作品が幅広く収録されています。文庫版(徳間書店)出版は2019年6月です。


[収録作品]

『時計にまつわるいくつかの嘘』(青崎有吾)
『どうしても生きてる 七分二十四秒めへ』(朝井リョウ)
『たんす、おべんと、クリスマス』(朝倉かすみ)
『代打、あたし。』(朝倉宏景)
『魔術師』(小川哲)
『素敵な圧迫』(呉勝浩)
『喪中の客』(小池真理子)
『ヨイコのリズム』(小島環)
『スマイルヘッズ』(佐藤究)
『一等賞』(嶋津輝)
『エリアD』(清水杜氏彦)
『pとqには気をつけて』(高橋文樹)
『傷跡の行方』(長岡弘樹)
『胎を堕ろす』(帚木蓬生)
『円周率と狂帽子』(平山夢明)
『銀輪の秋』(藤田宜永)
『牧神の午後あるいは陥穽と振り子』(皆川博子)
『守株』(米澤穂信)




『時計にまつわるいくつかの嘘』(青崎有吾)
――――
 完全受注生産、完成時に一度時間を設定したら最後、誤差を自動修正して死ぬまで絶対狂わないって触れ込みの高性能電波時計。よっぽど自信があるんでしょうね。見てください、デザイン優先でリューズがどこにもついてない。ですから人為的に時間をずらすこともできません
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文庫版p.14


 公園で何者かに襲われ死亡した女性。容疑者である恋人には、鉄壁のアリバイがあった。さっそく犯行方法担当の倒理がアリバイ破りに挑戦するが、動機担当の氷雨は「これは自分の出番だ」と直感する。壊れて止まった腕時計に隠された秘密とは。不可能専門探偵と不可解専門探偵、相棒にしてライバルの二人が組んで謎を解くバディ探偵もの連作ミステリシリーズの一篇。単行本の紹介はこちら。

  2018年08月02日の日記
  『ノッキンオン・ロックドドア』(青崎有吾)
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-08-02


『どうしても生きてる 七分二十四秒めへ』(朝井リョウ)
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 女性が女性として生きること。この時代に非正規雇用者として働くこと。結婚しない人生、子どもを持たない人生。平均年収の低下、社会保障制度の崩壊、介護問題、十年後になくなる職業、健康に長生きするための食事の摂り方、貧困格差ジェンダー。生きづらさ生きづらさ生きづらさ。毎日どこに目を向けても、何かしらの情報が目に入る。生き抜くために大切なこと、必要な知識、今から具えておくべきたくさんのもの。それらに触れるたび、生きていくことを諦めろ、そう言われている気持ちになる。
――――
文庫版p.79


 社会から踏まれ、差別され、なかったことにされる人生。そんな彼女にとって、あるネット動画を流す7分23秒だけが息継ぎのできる時間だった。こんなくだらないことでお気楽に喜んでいられる男たち。自分もこんな生き物だったら、もっと楽に生きられたのだろうか。非正規労働者の女性が置かれている絶望的な状況を共感をこめて描く切ない短篇。


『代打、あたし。』(朝倉宏景)
――――
 丈瑠はちらっとベンチに目をやった。ユニフォーム姿のシヅが監督然とした、堂々とした態度で腕を組み、腰をかけている。「代打、俺」ならぬ「代打、あたし」を、さらりとやってのけそうなほどの威圧的なオーラを放っているが、登録上はただの控え選手である。
 定時制通信制軟式野球の公式戦では、選手に性別と年齢の制限は存在しない。当然、昼間に働いている社会人が生徒に多いからだが、まさか八十三歳の老婆が出場することなど、誰も想定していないだろう。
――――
文庫版p.130


 「たった一回でいいんだ。最後の大会、打席に立たせておくれよぉ」
 定時制高校に通う83歳のおばあさんが、軟式野球の公式戦で打席に立つ。いくら何でもそれは自殺行為だということで、何とかして引き止めようとするチームメイトたち。しかし、ほぼ負け確定の九回裏、ついにそのときがやってくる。奇跡は起きるのか、それとも鬼籍が待っているのか。戦争から経済格差まで弱いものに押し付けられる理不尽な扱いに一矢むくいようとする姿を感動的に描いた変化球スポーツ小説。


『魔術師』(小川哲)
――――
「竹村理道は天才だよ。マジシャン史上、最大の天才。こんな仕掛けを思いついて、かつそれを実行するなんて、天才かつ狂ってないと無理。もし彼が天才じゃないのなら……」
「のなら?」
 その次の言葉を、僕は死ぬまで忘れないだろう。
「タイムマシンが本物だった。ただそれだけ」
――――
文庫版p.202


 舞台上の「タイムマシン」に乗って、数十年もの過去に戻ってきたと主張する天才マジシャン。提示された証拠には圧倒的な説得力があった。本当にタイムトラベルしたのか、それとも誰にも見破れない仕掛けがあるのだろうか。SFかミステリか、どちらに転ぶか最後まで分からないトリッキーな短篇。


『素敵な圧迫』(呉勝浩)
――――
 その夜、冷蔵庫におさまりながら、広美はいろいろ考えた。これまでにないくらい、考えた。人生初の、身の危険。一方の天秤に、人生最高の圧迫がのっている。こんなにも悩ましい選択があるのかと、身もだえしそうだった。(中略)
 けれど得られる圧迫は、凄まじい。人生を懸けてしまいそうになるほどだ。この悦びに勝るものなどないんだと、追いつめられてはっきりわかった。うれしいような、うんざりするような発見だった。
 手放すには惜しすぎる。けれど破滅はしたくない。この素敵な圧迫を、可能な限り長引かせる方法はないものか。
――――
文庫版p.238、239


 何かにはさまって圧迫されることで強い快感を得る女性が陥った三角関係。相手の男は正直どうでもいいけど、この危険な泥沼の三角関係にはまってゆく感じが素敵。ライバルからの脅迫、破滅の予感、その強烈な圧迫感に酔いしれる彼女が渡る決意をした危ない橋とは。異常心理サスペンスでありながら、どこかユーモラスな短篇。


『喪中の客』(小池真理子)
――――
 滝子はマッチをすって蝋燭に火をともし、線香を焚き、線香台の真ん中に一本立てて手を合わせた。何を考えているのか、わからなかった。何のために来たのか。本気でこんなことをするために、やって来たというのか。憎んでいるのか。未だに嫉妬にかられているのか。運命そのものを呪う気持ちから抜けられずにいるのか。
――――
文庫版p.296


 既婚者の男と不倫していた妹。その妹と、相手の男が、密会中に事故死してしまう。やがて死んだ男の妻が、語り手の家にやってきて、妹さんの遺影に線香をあげたいという。自分の夫の浮気相手になぜそんなことを。何か恐ろしいことが起きるような不安感をぐんぐん盛り上げてゆき、予想外の方向へ展開する傑作サスペンス小説。


『傷跡の行方』(長岡弘樹)
――――
 この男は、ただぼくを見逃したのではない。いったん見逃したに過ぎない、ということだ。
 ぼくはドアをゆっくりと閉めた。男の車が走り出した。一刻も早くこの男の前から逃げ出したい。いましがたまでそう思っていたのに、車が道を曲がり、完全に視界から消えるまで、ぼくはなぜか彼の姿をずっと追いかけていた。
――――
文庫版p.542


 震災直後、津波で大被害が出た地域を歩いていた語り手が、ヒッチハイクする。会話を避ける無愛想な運転手。そして後部座席には子どもの姿。そのとき被災地域で起きている連続児童誘拐事件の報道がテレビから流れてくる。後ろにいる子どもの顔は、まさに行方不明になっている捜索対象の子どもの写真と同じだった……。ありふれた設定のサスペンス小説と思わせておいて、意外な方向から読者を揺さぶる震災小説。


『胎を堕ろす』(帚木蓬生)
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 この部分の石崎さんの話を聞いたとき、私は息をのむ思いがしたのを憶えている。二十年の四月といえば、終戦いや敗戦までたった四カ月しかない。天と地がひっくり返るような日本の苦難が、その四カ月に凝縮されるのだ。目の前にいる石崎さんはまさにその激動の瞬間の生き証人だった。私はまばたきをするのを忘れ、石崎さんの話に聞き入った。
――――
文庫版p.558


 「ひとつだけ話しとらんこつがあるとです」
 従軍看護婦として半島で終戦を迎え帰国した年配の女性。その話を聞く医者。やがて、彼女は誰にも話さなかった戦争体験を語り始める。いつもいつも弱いものが、女が、犠牲にされる戦争のむごさを描いた戦争文学。


『牧神の午後あるいは陥穽と振り子』(皆川博子)
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 木々の葉は黄ばんできたが、私の背丈の倍ほどに、すっくと育った夾竹桃の葉は青い。初めて実をつけた。風の冷たい朝、郵便受けから出した朝刊が、外界の不穏な情勢を伝える。種が舞い散る。刃のような光が空を裂いて振り戻りつつある。地に近づく。
――――
文庫版p.664


 戦前、友だちの家で横光利一『日輪』を読みふけった幼い少女。古から繰り返される大殺戮。見た目は美しく「花も幹も枝も葉も、全部毒性を持っている」夾竹桃。そして再び近づいてくる、逃れようのない刃のような光。直接語ることなく語ってみせる驚嘆の戦争文学。


『守株』(米澤穂信)
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 消火器は崖から乗り出すように置かれていて、その真下にはごみ集積場があるのです。あんな重いものが落ちて、もし人に当たりでもしたら、大怪我は必至です。崖の上の消火器に気づいてからは、朝晩の通勤のときに集積所から離れて歩くようになりました。
 私は最初、あんなところにある消火器は、すぐに片づけられるだろうと思っていました。消火器は私の観察力が優れているから見つけられたわけではなく、誰でも一目見ればわかるところにあったのですから、近所の人も自治体の人たちも気づいていたはずです。危険な状態はせいぜい一週間か二週間ぐらいで解消されるだろうと思っていたのです。
――――
文庫版p.672


 ごみ集積所のすぐ上、崖のふちに引っ掛かるように置かれている消火器。もしも誰かが集積所にいるときに落ちでもしたら……。誰もがそれを知っているのに、誰もそれを片づけようとしない。いかにもありそうな状況を扱いながら、読者が密かに持っている「自分も無意識のうちに江戸川乱歩のいう「プロバビリティーの犯罪」に加担しているかも知れない」という不安心理を巧みについてくる心理サスペンス小説。



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