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『あの人に会いに 穂村弘対談集』(穂村弘) [読書(随筆)]

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 私が心から伝えたいことは唯一つ。「目の前に奇跡のような作品があって、この世のどこかにそれを作った人がいる。その事実があったから、つまり、あなたがいてくれたから、私は世界に絶望しきることなく、生き延びることができました。本当にありがとうございました」。
 だが、そんなことを云われても、相手はきっと困惑するだろう。私のために作品をつくったわけじゃないのだ。第一、それでは対談にも何にもならない。ならば、と考えた。溢れそうな思いを胸の奥に秘めて、なるべく平静を装って、その人に創作の秘密を尋ねることにしよう。どうしてあんなに素晴らしい作品をつくることができたんですか。自分もあなたのように世界の向こう岸に行きたいんです、と。それだけを念じながら、私は憧れのあの人に会いに行った。
――――
単行本p.4


 自分もあなたのように世界の向こう岸に行きたいんです。
 人生を絶望から救ってくれた奇跡のような作品の作者に会って、創作の秘密を聞き出す。歌人と著名クリエイターたちの対談集。単行本(毎日新聞出版)出版は2019年1月です。


 歌人の穂村弘さんが、九人の創作者と対談して、その創作の秘密を聞き出そうとします。聞き手も創作者なので通じ合うものがあるらしく、わりと率直に本音を聞き出しているように感じます。あと、ファンにとっても見逃せない情報がぽろりと出てきたり。


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萩尾 フロルのお兄さんは何人妻を娶ってもいいんです。あるとき、政治上の問題から新しい妻をもらうことになったのですが、お兄さんが行方不明になってしまう。それでお母さんが、まだ性が未分化であるフロルに「男になれ」と迫って揉める話なんです。フロルはタダと結婚するつもりなんだけど、両親に「国をつぶす気か」といわれて、泣く泣く男性になる決心をする。フロルはタダに「婚約破棄しよう」っていいに行くんですが、もちろんタダは大反対。フロルは「ぼくは男になるけど、タダが男の愛人になればいい」と提案して、ますます大反対するという(笑)。
――――
単行本p.106


[目次]

谷川俊太郎(詩人)
宇野亞喜良(イラストレーター)
横尾忠則(美術家)
荒木経惟(写真家)
萩尾望都(漫画家)
佐藤雅彦(映像作家)
高野文子(漫画家)
甲本ヒロト(ミュージシャン)
吉田戦車(漫画家)


谷川俊太郎(詩人)
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穂村 みんな物語が大好きですよね

谷川 そう。だから小説は売れても、詩は売れなくなっているんですよねぇ……。


穂村 ぼくなんか、物語を憎むようになってきちゃいましたよ。

谷川 そういう話を聞くと、実に心強いです(笑)。いっそのこと、「散文排斥同盟」でもつくりません?
――――
単行本p.15


宇野亞喜良(イラストレーター)
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宇野 ぼくは職人芸って好きですね。たとえば陶器に薔薇の花の絵付けをするとき、筆の片方の端に白い絵の具をつけて、もう片方の端にほんの少しだけ赤の絵の具をつけて適当な混ざり具合で花弁を描いていくんですが、筆をくるっと回転させながら書くとエッジの赤がくねる、とか。ヨーロッパの職人にはこの快感があるんだなぁ、という発見は気持ちがいいです。ある種の職人的なものを自分の身体が再現できたときにすごく快感を覚えますね。
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単行本p.52


横尾忠則(美術家)
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横尾 たいていの人は表現の意識が強すぎるんですよ。表現の意識なんか捨ててしまえばいい。いったい何を表現するんですか、表現するものなど何もないじゃないですか。強い表現意識が逆にインスピレーションのバリアになると思うんですよね。というより、手にするものがすでにインスピレーションだと思いますね。ぼくはいつも表現者はインスピレーションの大海の中を漂っているように思いますね。
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単行本p.61


荒木経惟(写真家)
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穂村 そうですね。では、グラスとか建物を撮るときは、どうやって自分のなかの愛情ポイントを見つけるんですか?

荒木 そこにアタシの才能が溢れ出ちゃってるんだよ(笑)

穂村 うふふ。この対談シリーズでは、その秘密が知りたいんです。教えてください。

荒木 自分でも不思議でしょうがないよ。
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単行本p.83


萩尾望都(漫画家)
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穂村 中編や長編のストーリー構成は、連載開始時から全体像が見えているんですか。

萩尾 二作品を除いては、全部見えてましたね。

穂村 その二作品は何ですか。

萩尾 『スターレッド』と『バルバラ異界』です。

穂村 えっ、あんな複雑な作品を、全体像が見えないまま描いたんですか。

萩尾 『バルバラ異界』は最初うまくつながらなくて、そのうち破綻すると思ってました。きっと「萩尾望都はついに駄目になった」っていわれるんだろうけど、もう私も歳だから許してもらおうって(笑)。
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単行本p.116


佐藤雅彦(映像作家)
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穂村 インスピレーションというか、イメージが降りてきて、それが表現につながることもあるんですか?

佐藤 二十代のとき、ルービックキューブを初めて手にして、いじっている瞬間に解き方が図になって現れたんです。それが見えた瞬間からいろんな映像がわいてくるようになりました。TVゲームの「I.Q(インテリジェント・キューブ)」のイメージが現れたときもそうですね。自宅で窓下の風景を眺めていたら、いきなりイメージが見えたんです。

穂村 いきなりビジュアルで?

佐藤 はい、とても具体的な映像でした。
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単行本p.132


高野文子(漫画家)
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穂村 それと、通常のマンガが従っている暗黙のルールとまったく違うものがありますよね。たとえば、「一コマをこれくらいのスピードで読むと誰が決めたんだ。その読み方を変えろ」と言われるような気がすることがあるんです。そう言われて、自分が従っていたルールを捨てるんですが、同時に、なんだか作品から攻撃されているような感じもして……。

高野 攻撃してたんですよ。マンガは、攻撃しなきゃだめだと思ってやってたんです。

穂村 気のせいじゃなくて、やっぱり攻撃されてたんだ(笑)。

高野 よし、どこから斬りつけてやろうか、って考えて描いてたんですから(笑)
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単行本p.148


甲本ヒロト(ミュージシャン)
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穂村 ブルーハーツの解散も、ハイロウズの解散も、ショックでした。

甲本 ブルーハーツのときは、十年続けてちょっと飽きてきてたんですよね。でも、ロックンロールに飽きてたわけじゃないんです。ブルーハーツというバンドの仲間がよくないかといったら、よくないわけがない。そのままでもいい。でも、あるとき「いま解散したら、もったいない」って思ったんですよ。その瞬間に「やめなきゃだめだ」って思った。

穂村 もったいないって思ったから?

甲本 そんな理由でやってるバンドのライブなんて行きたくないと思ったんです。生活における「もったいない」は美徳だと思う。だけど、人生に「もったいない」という価値はいらないんです。それは人生をクソにする。
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単行本p.175


吉田戦車(漫画家)
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穂村 生い立ちやメンタリティにおいて、逸脱しているところがないのに、人々を瞠目させる表現を生み出せるのは、どうしてなんですか?

戦車 生み出せたっていうことで、その理由はもう分からないですよ。若いころの自分のことだから。

穂村 いや、今も生み出していると思うし、それもやろうとしてできていると思うんですよ。だから、その秘密を知りたいんです。

戦車 満員電車で人に席を譲るのって、最初勇気がいるじゃないですか。そういう積み重ねのうえに、ギャグがあると思うんですよね。ゴミ出しをきちんと守るとか、人に迷惑をかけないようにするとか、そういう気持ちでやってきたような気がします。
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単行本p.198



タグ:穂村弘
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『知らなかった(川上亜紀『チャイナ・カシミア』解説)』(笙野頼子) [読書(随筆)]

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 川上亜紀、ひとつの世界をずっと生きて変わらない、その編み目に狂いはなく欺瞞はなく、そこにはいきなり生の、真実の「小さい」感触が入ってくる。それはさまざまな世界に読み手を導く。
 ポメラを使い、猫に語らせ、飛行機の中でメモをとっていた。
 雲の上に、という言葉を本当に言葉の雲の上にいるように書くことができた。その言葉は今も同じように読める。生きてからも死んでからも作品は変わらない。ただ、もっといて欲しかった。
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単行本p.165


 シリーズ“笙野頼子を読む!”第124回。


 「ただ、もっといて欲しかった」。川上亜紀作品集『チャイナ・カシミア』単行本に収録された笙野頼子さんによる解説。単行本(七月堂)出版は2019年1月です。


 自分との共鳴から川上亜紀さんについて語ってゆきます。その切実さ、真摯さ、そして「直球でそのままに文学を生きるしかない」身体。


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 『群像』新年号の拙作(短編小説)、「返信を、待っていた」に川上亜紀さんの詩集『あなたとわたしと無数の人々』を引用させて貰った。自分の文章とは一行開け、きちんと離して引いた。それでも書いていて彼女がまだ生きているような感じがした。というのも、詩集を読んでいてここを引用しようと写していたとき、ふいに、私は彼女に似てしまったからだ。一行離しても距離のない体温、イメージの切実さがそこに生きていた。
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単行本p.149


 ちなみに『返信を、待っていた』(笙野頼子)の紹介はこちら。

  2018年12月10日の日記
  『返信を、待っていた』
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2018-12-10


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 彼女の手紙を読んでから作品を読んだ。どっちにしろどこかしら私に似ていた。だって、多くの「文学的な人々」は傑出するほど、文学的に見えることを忌避しようとする。ところが私たちと来たら、なぜか……直球でそのままに文学を生きるしかない身体を持っていた(当時私はまだその理由に気付いてなかった)。
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単行本p.153


 作品解説をはさんで、川上亜紀さんの評価と追悼があふれ、静かな悲しみに満ちてゆくのです。


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だが、そこに現実が、目の前が、同時代が入るものを彼女なら書けた。なおかつ、現実との交錯が淡々として、或いは静謐の中に、生命が満ちるものを、なおかつ社会への批評のある、夢的毛糸編みを。
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単行本p.162



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『職業、女流棋士』(香川愛生) [読書(随筆)]

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 思い出そうと思えばどの経験も昨日のことのように思い出せます。自分への怒り、はらわたの煮えくり返るようなマグマのような感情が押し寄せてくるのです。でも感情に流されていては、感情的な将棋しか指せません。傷はうまく意識から消すことも大切です。時間がやわらげてくれた深いところに眠っている傷がたくさんあるのです。きれいごとのように決着をつけることはできませんし、過去は昇華できても消化はできません。
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新書版p.107


 囲碁界にはなく将棋界だけにある「女流棋士」という職業。女流棋士・香川愛生女流三段が、自身の人生と生活について語った一冊。新書版(マイナビ出版)出版は2018年8月、Kindle版配信は2018年8月です。


[目次]

第一章 女性棋士とは
第二章 女流棋士になるまで
第三章 対局
第四章 女流タイトル戦
第五章 勝負への思い
第六章 普及活動
第七章 教養・趣味
第八章 将棋界に生きる女性として
終章  女流棋士の未来


第一章 女性棋士とは
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 皆さんが囲碁の先生がたをお呼びになるときは、わざわざ「女流」とつける必要はありません。
 男女平等を実現している囲碁界は素直に羨ましく、素晴らしい環境だと思います。
(中略)
 女流棋士第一号だった蛸島彰子先生も、もとは奨励会の出身ですが、当時の記事で、男性奨励会員からの目線の厳しさを指摘しています。「孤独だった。戦う以前の問題だった」という当時の観戦記のことばからは、ただでさえ過酷な奨励会で、ひとりで多くを背負っていたことが窺えます。いま在籍している女性奨励会員も、決して変わらないと思います。
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新書版p.22、23


 将棋界における女流棋士の立場について率直に語ります。


第二章 女流棋士になるまで
――――
 このおじいちゃんとの出会いがなければ、私はプロになることはありませんでした。
 のちに聞くと調布市屈指の強豪で、段位にしてアマチュア六段。県代表相当の、プロとも渡り合える実力です。柴崎にある将棋道場で、63連勝という驚異的な記録を打ち立てたとか。またウソのようなホントの話なのですが、中盤で相手が投了したときに局面をひっくり返し、敗勢の側から指し直し、もう一回勝ったという逸話もお持ちです。
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新書版p.40


 将棋との出会いから女流棋士になるまでの歩みを語ります。


第三章 対局
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 10時に対局が始まる場合は9時40~50分ごろに入室される対局者が多いです。将棋会館の最寄り駅は総武線の千駄ヶ谷駅と、副都心線の北参道駅。朝は混雑や遅延があるので、早めの行動をとるに越したことはありません。多くの棋士が寝坊や遅延で不戦敗になる悪夢を見ると語られているので、朝は気が張っているかもしれませんね。最近はスマートフォンを含む電子機器はすべてロッカーに預ける規則になっていますし、金属探知機による手荷物検査が実施される場合もあるので、いままでより早めに将棋会館に着くよう行動しているかたも。
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新書版p.60


 対局はどのようにして行われるのかを語ります。


第四章 女流タイトル戦
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 棋道を志す者であればだれもが目指し、憧れるなかで、一握りの人間しか手にすることができない称号がタイトルです。実績によって評価が決まる勝負の世界で最も尊重され、その有無だけで人生が一変すると言っていいほど、夢と残酷さを併せ持つものです。一年ごとに行われる番勝負を「人生のかかった」と形容するのは、最も適切な表現でしょう。
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新書版p.80


 様々な女流タイトル戦と年間スケジュールなどを語ります。


第五章 勝負への思い
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 未熟な自分も、荒波に飛び込めば希望が見えてくると信じていました。でも実際には、波に飲み込まれ、闇に飲み込まれる絶望的な日々でした。奨励会での1年半の日々は、後にも先にも、これほどつらかったことはありません。
(中略)
 奨励会を退会した前後は最も脆弱な時期でした。細くて繊細な糸が、音もたてずに静かに切れてしまったような幕切れでした。2012年2月、退会。家族にも、棋友にも、恩師にも告げず、奨励会の退会を決めたことは、私にとって自殺を決意したようなものでした。
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新書版p.110、113


 勉強、体力づくり、メンタルケア、そして奨励会。自身がぶつかった勝負の厳しさと苦難について語ります。


第六章 普及活動
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 実は、私自身も今年会社を設立しました。まどかさんをはじめ、他業種で活躍する身近な女性の影響が少なからずありましたが、まぎれもなく新しい挑戦です。まだ事業内容として詳しくお話できる段階ではないですが、将棋にまつわるコンテンツやイベントの企画・プロデュースなど、将棋の普及を主眼とした事業を手がけていければいいなと思っています。
――――
新書版p.157


 指導対局から様々なイベントまで、将棋の普及活動について語ります。


第七章 教養・趣味
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 学業と将棋の両立は、想像を絶する苦労がありました。実際、入学したものの中退を余儀なくされたプロの例も一人や二人ではありません。タイトルを獲るまで、東京で対局がある日は、キャリーバックを引いて教室に入り、授業を終えたらバスで駅へ移動、新幹線に飛び乗って上京。対局の後は夜行バスで京都に戻り、シャワーをー浴びて一限の授業に出る、という生活でした。
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新書版p.168


 大学生活との両立の苦労、ゲームや読書などの趣味について語ります。


第八章 将棋界に生きる女性として
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 社会で活躍される女性のかたがたがワークライフバランスを考えるのと同じように、勝負とプライベートとのバランスは、多くの女流棋士が抱える悩みだと思います。妊娠してトーナメント戦に出場する場合は、残念ながら進行の都合で不戦敗を余儀なくされるケースもままあり、いまなお課題が山積しています。
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新書版p.195


 結婚や出産による影響など、女流棋士という職業につきものの悩みを語ります。「恋も感想戦ができればいいのに」。



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『お金がない! 暮らしの文藝』(雨宮まみ、蛭子能収、夢野久作、中島らも、宮澤章夫、高野秀行、坂口安吾、水木しげる、寺山修司、赤瀬川源平、赤塚不二夫、太宰治、伊丹十三、星新一、他) [読書(随筆)]

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 本書には古今の書き手によるエッセイ・小説など選りすぐりの29篇を収録しています。ボーナス、散財、貸し借り、吝嗇からギャンブルに年金まで、時代も金銭感覚も様々ですが、本音と建前、他人にはなかなか見せられない、多様な思いが詰まっています。勢いをつけてお金の姿が変わりゆく、この世界を映し出す鏡になるかもしれません。
――――
単行本p.3


 様々な著者によるエッセイや小説から、お金に関する文章を選んで収録した金銭テーマ文芸アンソロジー。単行本(河出書房新社)出版は2018年12月です。


 お金をテーマにしたエッセイといっても様々です。まずは「金銭感覚」について書いたもの。


――――
 その悲痛な叫びは滑稽ではあるが何かすがすがしいものを私に感じさせた。世間はバブルまっただ中である。節約が悪徳、浪費が美徳とされていた時代だ。しかも、守銭奴はケチである。ふつうのケチは自分の金は惜しむが他人のおごりならいくらでも平気で受け取るものである。しかるに、この人は自分と他人の区別を越えて、すべてを惜しんでいるのだ。あらゆるものにケチなのだ。
――――
『ドケチ男「守銭奴」の叫び』(高野秀行)より


――――
 大学生ぐらいに見える若いカップルの男のほうが、マクドナルドでクーポンを出して、チキンナゲットが割引になるか訊いている。ならないと知ると、彼はナゲットを注文するのをやめた。彼女の腕には、ルイ・ヴィトンのヴェルニの新色のバッグが提がっている。
 貧乏くさい、と内心ばからしく思いながら、好きなだけマクドナルドで食べたいものを食べる私は、ルイ・ヴィトンの商品などひとつも持っていない。
 切り詰めてほしいものを手に入れている人間と、切り詰めず欲しいものを手に入れることのできない人間と、どちらが貧乏くさく、どちらが豊かなのだろうか。
 私には、切り詰めず、欲しいものを手に入れる」生活への憧れしか見えていない。
 まだ、その程度には若いのかもしれない。幼いのかもしれない。何かが少し狂っているのかもしれない。
――――
『お金』(雨宮まみ)より


 そして「貧乏」や「金の貸し借り」についての文章。


――――
 私は決して今を楽しむタイプの人を援助するために必死に稼ごうとしているのではない。自分のために、自分が楽で自由な生活ができるために稼ごうとしているのである。
 だから私は友達が嫌いになる。そしてもうほとんど友達らしき人はいなくなってしまった。それでいい。仲間というのは信用できないのだ。これは金で友達を失ったことになるのだろう。金、金、金、私はお金が大好き。金さえあれば外国でも自由に行ける。友達よりお金が信用できる。くやしいのは世田谷に住んでる一戸建ての人達である。あの人達は一体どうやってお金を稼いだんだ? 誰か教えてくれ。
――――
『お金について教えてほしいこと』(蛭子能収)より


――――
 私は貧乏した。然し私は泥棒をしようと思ったことは一度もない。その代り、借金というよりもむしろ強奪してくるのである。竹村書房と大観堂を最も脅かし、最も強奪した。あるとき酒を飲む金に窮して大観堂へ電話をかけると、ただ今父が死んで取りこんでいますからと言うので私は怒り心頭に発して、あなたの父親が死んだことと私が金が必要のことと関係がありますかと怒って、私は死んだ人の枕元へ乗込んで何百円だか強奪に及んだことがあった。
――――
『ヒンセザレバドンス』(坂口安吾)より


――――
 そのすぐ後へ、税務署員がやって来た。何事かと思えば、申告所得があまりにも少ないが、ごまかしがあるのではないか、というわけ。
「だって、現に、所得がないんです」
「ないんですといったって、生きている以上は食べてるでしょう。これじゃ、食べてられる所得じゃありませんが」
 と、食いさがる。
「我々の生活がキサマらにわかるかい!」
 僕が、怒りと絶望とでかなり迫力のある声をあげると、その後、税務署からは何もいってこなくなった。
――――
『貧困の中で結婚する』(水木しげる)より


 さらには、お金にまつわる奇妙な出来事を書いた随筆や小説など。


――――
 と、そのときだ。男が四つ折りの新聞を開いた瞬間、バネ仕掛けの人形のように全身がぴょんっと浮いたのである。
 おどろいて横目をやると、男は板のように背を硬直させ、息を詰めて中身を凝視している。つられて首を伸ばし、わたしも思わず「あっ」と声を洩らしそうになった。競馬新聞のうちがわにむきだしの札束が挟まれて手いるのである。
 競馬新聞。札束。沿線の競馬場。(中略)落とし主は地団駄踏んでいるにちがいない。いや、すぐ気づいていまにも駆け戻ってくるだろうか。想像をたくましくしていると、男が顔を上げてこちらへ振りむいた。
(おまえ一部始終を見たな)
 びくついた顔にそう書いてあった。
――――
『競馬新聞の中身』(平松洋子)より


――――
 生命線ひそかに変へむためにわが抽出しにある一本の釘

 子供の頃、じぶんの生命線がみじかいと人に言われて、釘で傷つけて掌を血まみれにしたことがあった。
 しかし、ほんの少しばかりの釘で彫った肉の溝も、傷が癒えると共に消えてしまい、私の生命線は、やはり短いままであった。
 生命線ばかりではなく、知能線も短かったし、運命線に到っては、あるかなきかのごとくであった。
 私は、自分の掌を見つめるたびに、将来を怖れたものだ。その頃、私の村と山一つへだてた隣の村に『手相直し』のおじさんがいるということをきいた。
――――
『手相直し』(寺山修司)より


――――
 ひと安心とはいうものの、青年は妙な気分だった。まだ事態が信じられない。
「本当に、これでこの件は終りなんですか」
「そういうわけだ」
「ありがたいことですが、まだ、なっとくできません。あんな大金をなくしたというのに。もし、これがよその会社だったら……」
「よその会社だったら、まあ、重大問題になるだろうな。しかし、よその会社では、こういう事件は起らないのだ」
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『消えた大金』(星新一)より



タグ:高野秀行
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『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』(高野秀行) [読書(随筆)]

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 食の可動域が広がると、いろいろなものを食べてみたくなる。実際、辺境の地へ行くと、日本の都市部では考えられないような料理や酒が食卓にのぼる。
「こんなもの、喰うのか」とやっぱり驚くし、「ヤバいんじゃないか」とも思うが、現地の人たちが食べているのを見ると一緒に食べずにはいられない。食べてしまえば意外に美味いことが多い。すると、また食の可動域が広がった喜びに包まれる。
 感覚が「ヤバそうだけど食べてみよう」からやがて「ヤバそうだから食べてみよう」に変わっていく。人間、こうなると歯止めがきかない。
――――
単行本p.10


 サルの脳味噌、羊の金玉、水牛の脊髄、ヤギの吐瀉物。ヒキガエル丸ごとジュース、ゴキブリ・タランチュラ・巨大ムカデ。さらには人間の胎盤餃子から麻薬成分幻覚剤成分たっぷりサラダまで。誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをする辺境作家、高野秀行氏がこれまで食べてきたヤバめな料理とその食事体験を活き活きと描いた異端のグルメ本。単行本(文藝春秋)出版は2018年10月、Kindle版配信は2018年10月です。


――――
 普通の日本人が口にできないようなものや、口にしたくもないというものも食べてきた。
 じゃあ、いったいどんなものを食べたの? と言われて返答に躊躇するのは、記憶に残る代表的な料理や食材を挙げていくうち、「ゴリラの肉」と言うと相手が驚愕し、全ての会話が止まってしまうから。以後、何時間話しても私のことは「ゴリラを食ったやつ」としか認識されない。
――――
単行本p.24


 全体は「アフリカ」「南アジア」「東南アジア」「日本」「東アジア」「中東・ヨーロッパ」「南米」というように地域によって分類されています。以降の引用は、食材で分けてみます。まずは哺乳類から。


――――
 なぜか、コンゴ人も脳味噌は食べなかったので、私たち日本人グループのところに頭蓋骨ごと回ってきた。薫製になったサルは歯を剥き出し、仏教絵図で描かれる「餓鬼」そっくりの凄まじい表情をしているが、気にする者は誰もいない。一匹のサルには当然脳味噌は一つ、しかもせいぜいスプーン二口分だ。脳味噌は魚の白子か豆腐のような味がして、ここでは贅沢品だった。
――――
単行本p.34


――――
「脳味噌は何度も食べたことがあるから他のものは?」と訊ねると、「じゃ、羊の金玉のたたき」と答えた。今度はびっくりした。実際にはオーナーは自分の股間を指さして「睾丸」といい、次にタカタカタカタカと擬音を奏でながら包丁で刻む仕草をした。間違いなく「金玉のたたき」であろう。
――――
単行本p.62


――――
 入店当初から、台におかれた皿に、真っ黄色細い管がとぐろを巻くように載せられているのが気になっていた。太さ約1センチ、長さ1メートル弱。見るからに「異形」。小腸かと思うが、そのわりにはウネウネしておらずゴムホースのように滑らかだし、だいたい中身がつまっていて管ではなかった。「一体何だ、これ?」首をひねっていると、案内役の友人ミランさんが流暢な日本語で言う。
「これ、なんて言うかな、背中を通ってるズイみたいなもの……」
 え、脊髄!! 思わずピンと背筋を伸ばしてしまった。まさに脊髄反射だ。
――――
単行本p.84


 続いて虫たち。


――――
 まず、絵面が普通じゃない。真っ白のパスタと真っ赤なソース。それらと戯れる(?)ゲンゴロウやコオロギたち……。(中略)いったんげっそりしてしまうと、後は食べるのがとても苦痛になってきた。ゲンゴロウがゴキブリに酷似していることもあって、残飯のパスタの上に虫がたかっているようにしか見えなくなるからだ!
「残飯を食べてる虫を食べてる俺」というイメージが脳内をぐるぐる回って止まらない。
――――
単行本p.133


――――
 しばらくして、虫の盛り合わせが登場した。
「うわっ!」私たちは思わず、声にならない声をもらした。バッタ、セミの幼虫、巨大ムカデ、タランチュラ、サソリ。気持ち悪いなんてもんじゃない。
「これ、喰うのか……」
(中略)
 ものすごく気が進まなかったが、出されたものは絶対に食べるのが私の流儀。まず、ハードルの低そうなバッタから。口に入れるとボソボソして、でもぐちゃぐちゃと湿った感じもあり、まさにバッタの死骸という印象。味つけは大変薄い。でも、まあこんなものだろうか。
「中華には珍しく、素材感がありますね」と、顔をしかめながら食べているYさんに言った。
 続いてセミの幼虫。こちらは殻が固いビニールのようで、中は白くてぐじゅぐじゅしており、タンパク質が生々しい。Yさんは泣きそうな顔をしていつまでも口の中でくちゃくちゃ嚙んでいる。飲み込めないようだ。
 しかし、と首をひねる。どう考えても味が薄すぎる。塩か唐辛子が足りないんじゃないか。隣室にいる店長にそう言うと、彼女は大声をあげた。
「それ、料理してないよ!」
「え、じゃ、これ生!?」
「そうよ、見たらわかるでしょ! そんなの食べたら死んじゃうよ!?」
――――
単行本p.173


 そして、色々な意味でヤバげなタンパク質のあれこれ。


――――
 先日、某誌の企画で、発酵学の大家・小泉武夫先生と「世界の珍食奇食ランキング」を決めるという対談を行った。それぞれが過去に食べたゲテモノや臭い食品などを挙げていったのだが、最終的に一位を獲得したのは小泉先生が推した石川県産「猛毒フグの卵巣の糠漬け」。
(中略)
 こんな異常に高度な技術が江戸時代から培われていたというから、日本人の食い物に関する貪欲さは恐ろしい。だって、技術が確立するまでに何人が犠牲になったかわからないじゃないか。ほんの少しでも毒が残っていればアウトなのだ。他にも食べ物がたくさんあるわけだし、どうしてそこまでしてフグの卵巣に執念を燃やしたものかわからない。
――――
単行本p.142


――――
 この苦さは普通の料理のものではない。汁を飲むと胃の底からこみあげてくる――と思ったところでわかった。
 これは胃液の苦みだ。その証拠に強い苦みの中に酸味が混じっている。二日酔いで吐きまくって最後に胃の中に何もなくなったとき胃液を吐く。そのときの味。
 秋さん曰く、「この羊は高い山の上で清らかな草を何種類も食べている。その草には薬効がある。だからこの鍋を食べると、とても体にいいんです」かつては正月とか目出度いときにしか食べられなかった特別な御馳走だそうだ。
 それだけ聞くと爽やかな風が吹き抜けるようだが、目の前にあるのは羊の未消化胃液汁である。理念と現実がこれほど乖離している料理も珍しい。
――――
単行本p.201


――――
 感謝感激する私に、彼は強く釘をさした。「いいか、これは人には言わないでくれよ。日本人に中国人の肉を売ったなんて知れたら大変なことになるかもしれないから」
 うーんと唸った。中国人も決して胎盤を他の珍味と同列に考えているわけではない。ある種の「人の肉」として認識しているのか。
「気持ち悪いから早くこれを受け取ってくれ」と彼は袋を放ってよこした。
 胎盤は、ついさっき、誰かのお腹から出てきたばかりらしく、新鮮な刺身のような匂いがした。
――――
単行本p.204



タグ:高野秀行
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