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『ビジュアルストーリー 世界の陰謀論』(マイケル・ロビンソン:著、ナショナルジオグラフィック:編、安納令奈:翻訳) [読書(オカルト)]

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 本書では、人々をいまも魅了してやまない有名な陰謀説や謎について、数多く取り上げる(中にはマイナーなものもある)。陰謀説の歴史は古く、何世紀も前から存在する。社会現象となった20世紀を経て21世紀の今なお、陰謀説は色褪せることなく人々の好奇心をかき立てている。
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単行本p.9


 ロズウェル、ケネディ暗殺、イルミナティ。写真などビジュアルを中心に、有名どころの陰謀論を広く浅く紹介してくれる一冊。単行本(日経ナショナルジオグラフィック社)出版は2019年6月です。


 80項目もの陰謀論が取り上げられています。陰謀論とはほとんど関係ない項目もかなり含まれており、とにかく陰謀論中心に人気のあるオカルトネタを無造作に大量に並べたという印象です。そういう意味で昔の子ども向けオカルト本のノリが感じられます。ちなみに邦題は「世界の陰謀論」となっていますが、取り上げられている話題は米国で知られているものばかりなので、あらぬ期待はしないように。


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 陰謀説の根底には、「さまざまな出来事はすべて誰かの思惑に操られている」という発想がある。陰謀論者に言わせれば、この世界に偶然起きた出来事などなく、表に出る情報はまやかしであり、裏ではすべてが陰謀でつながっている――だからこれは一種のパズルで、その謎は陰謀論者あるいは陰謀説ファンでなければ解けない、という。
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単行本p.6


 各項目についても表面的な紹介がごく短く書かれているだけなので、それぞれの陰謀論について背景や経緯などを知りたい読者にとっては不親切な本です。独特の視点や切り口があるわけでもなく、見た目でコリン・ウィルソン『超常現象の謎に挑む』みたいな本だと思って読むと失望します。


 本書のポイントは、とにかく大型本見開きでばばーっんと迫ってくる写真の迫力でしょう。あくまでビジュアルブックとして楽しむべき一冊です。米国で人気のある陰謀論の全体像を手っとり早く知りたいという方にもお勧め。


【目次】

1章 科学の陰謀

UFO
古代宇宙飛行士説
ロズウェル、そしてエリア51
ピラミッド
消えたソ連人宇宙飛行士たち
月面着陸
高エネルギー技術
地球温暖化と気候変動
HIV/エイズ
プラム島の秘密
SARSコロナウイルス
エボラウイルス
MKウルトラ計画
水道水へのフッ化物添付
優生学
ケムトレイル
フリーエネルギーとピークオイル
グローバル規模の大量監視
計画的旧式化
カウスピラシー
遺伝子組み換え作物(GMO)
砂糖にまつわる陰謀


2章 政治の陰謀

フリーメイソンとイルミナティ
古代レプティリアン(爬虫類人)・エリート説
新世界秩序説
ビルダーバーグ・グループ
スカル・アンド・ボーンズ
真珠湾攻撃
フィラデルフィア実験
湾岸戦争症候群
FEMA(米国連邦緊急事態管理局)
タイタニック号
巨大製薬会社(ビッグ・ファーマ)
9・11同時テロ攻撃
ロンドン同時爆破テロ
ロシア高層アパート連続爆破事件
パンアメリカン航空103便爆破事件
マレーシア航空370便
トランスワールド航空800便航空機事故
ブッシュ大統領とブレア首相、そして大量破壊兵器
バラク・オバマ
闇の国家


3章 歴史のミステリー

ストーンヘンジ
マヤ文明
ナスカの地上絵
ラスコー洞窟
アトランティス
失われたムー大陸
失われたレムリア大陸
ネス湖の怪物
ボドミンの野獣
イエティまたは怪人雪男
モスマン
テンプル騎士団
シオン賢者の議定書
反カトリック主義
ロンドンの大火
カトリック陰謀事件
ふたつのバビロン
イエスとマグダラのマリア
ファントム時間仮説
バーミューダ・トライアングル


4章 暗殺、行方不明、謀略

ロマノフ一族
JFK
ダイアナ妃
ヴワディスワフ・シコルスキ将軍
デイヴィッド・ケリー博士
アドルフ・ヒトラー
エルヴィス・プレスリー
ポール・マッカートニー
ウサマ・ビンラディン
ファラオの呪い
マリリン・モンロー
トゥパック・シャクール(“2パック”)
マイケル・ジャクソン
ルーカン卿
シャーガー
ウィリアム・シェイクスピア
切り裂きジャック



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『南米妖怪図鑑』(ホセ・サナルディ:著、セーサル・サナルディ:イラスト、寺井広樹:企画) [読書(オカルト)]

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 今回取り上げた妖怪は、現地での聞き取りや資料調査などに基づいてまとめたもので、今なお人間社会の中で生きつづけている妖怪たちです。しかし、彼らの姿は書物や言い伝えで詳しく説明されているものもあれば、情報に乏しくビジュアルが決まっていないものもありました。そういう場合、出没する環境や発見者の文化的な背景などの要素を考慮して妖怪をデザインしましたが、初めてビジュアル化された妖怪も少なくありません。
 本書のような南米(と中米一部)の国々の妖怪を網羅した図鑑は、世界初ではないかと考えています。この本を、日本にいるみなさんに最初に報告できるのは、とても喜ばしいことだと思っています。
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単行本p.117


 これまで日本に紹介されることの少なかった南米の妖怪40種を、イラスト付きで詳しく解説してくれる妖怪図鑑。単行本(ロクリン社)出版は2019年7月です。


 日本語で読める南米妖怪本というと『ブラジル妖怪と不思議な話50』(野崎貴博)が知られていますが、これはブラジルに絞った内容でした。本書はそれに加えて南米各国、さらに中米まで範囲を広げた妖怪図鑑です。ちなみに『ブラジル妖怪』の紹介はこちら。


  2014年02月05日の日記
  『ブラジル妖怪と不思議な話50』(野崎貴博)
  https://babahide.blog.so-net.ne.jp/2014-02-05


 本書の特徴は、何といってもすべての妖怪にイラストが付いていることでしょう。おどろおどろしいものではなく、かといって漫画やアニメ風にキャラ化されたものでもなく、異質で不気味なのにどこかユーモラスという味のあるイラストが満載されています。

 UMAまわりでナウェリートやチュパカブラ、ホラー映画まわりでラ・ヨローナ、あたりは日本でも知名度がありますが、大半の妖怪は日本では名前すらほとんど知られていない新鮮なものばかり。

 厳しい自然環境や社会状況を反映してか、出会った者を瞬殺する恐ろしい妖怪も多いのですが、なかには「ペニスがすごく長い」「おっぱいがすごくでかい」「髭と髪をのばして愛の歌をうたうおっさん」「秘密の鉱山を所有しているお金持ち」といった妖怪もいっぱい載っていて、人々が妖怪を身近に感じていることが伝わってきます。

 付録として中南米の主な国々の地図や基礎情報が掲載されており、収録された妖怪はすべてイラスト付き索引にまとめられているという親切設計。中南米の国々と文化に親しみを感じる一冊です。


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 妖怪たちを知れば、きっと南米大陸の文化や自然を知ることにつながっていくことでしょう。ぜひこの本を片手に、異国情緒あふれる南米の木々や風の音を感じながら、妖怪探訪を楽しんでいただければ幸いです。
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単行本p.3


[目次]

ナウェリート -世界の果ての巨大生物
ピウチェーン -パタゴニアの吸血生物
ギリビーロ -氷河湖に生息する怪しい獣
チョンチョン -空飛ぶ邪悪な頭
チェルーフェ -溶岩の中の怒りっぽい巨人
コケーナ -アンデス山脈の金持ち妖怪
クエーロ -水辺に潜む人食い妖怪
パンパのバシリスコ -邪眼で精神的被害を与える
ロビソン -末っ子の七男には要注意!
ルース・マーラ -光となってさまよう怨念
リアスタイ -山岳地帯の守り神
サッパン・スックーン -巨大なおっぱいを揺るがす怪音
スパイおじさん -怒らせてはならない鉱山の守り鬼
ウクク -クマと人間のハーフ
ジャグアレテー・アヴァ -夜に正体を現す、恐怖のジャガー人間
アルマ・ムーラ -悲鳴を上げて駆けずりまわる、呪われたロバ
カアー・ポラ -マテ茶栽培は命がけ
イルペの二人の女 -湖面に浮かぶ危険な美女
ポンペーロ -密林の忍者
クルピー -あそこの長さは世界一
ジャシー・ジャテレー -厄介な美少年
テジュー・ジャグアー -財宝を守る魔獣
アオアオ -狙われたら最後、強烈イノシシ
ボイタタ -炎に包まれ飛来する大蛇
ピサデイラ -寝込みを襲う不気味な老婆
コルポ・セーコ -枯れ木に注意!
サシー・ペレレー -いたずら好きな国民的愛され妖怪
マピングアリ -アマゾン最強の怪物
ヤクルーナ -アマゾン川の龍宮城!?
ポイラ -「いたずら命」のゴールデンボーイ
パテターロ -不潔極まりない最悪妖怪
パタソーラ -復讐を誓った一本足の女
シルボーン -恐怖の人骨コレクター
マドレモンテ -マグダレナ川の美しい女神
モハーン -夜の川面に響く愛の歌
カイマン男 -出歯亀のワニ
セグア -中米の美しき殺人鬼
ミコ・ブルーホ -敵意むき出しのサルとブタ
チュパカブラ -急速に目撃情報が広がっている吸血獣
ラ・ヨローナ -さまよいつづける女の亡霊

コラム【友よ、お前もしかして……!】
コラム【その名を三度いわせるな!】
コラム【宇宙人が関係してる?!】

主な南米(南アメリカ)の国
南米の主な地形
主な中米(中央アメリカ)の国
妖怪の分布とアイコンについて
南米の国々について
中米の国々について



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『超常現象のとらえにくさ』(笠原敏雄:編) [読書(オカルト)]

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 超常現象の最大の特徴は、その目標志向性ととらえにくさであろう。目標志向性とは、最終的な目標を思い描きさえすれば、途中のプロセスに関する知識を持たずとも、その目標がいわば自動的に実現されるように見える現象のことであり、とらえにくさとは、超常現象がその捕捉を逃れるような形で起こりやすい傾向のことである。超常現象は、不正行為や暗示や錯覚や憶測が入り込みやすい状況では起こっても、超常的要因しか考えられない状況では姿を消してしまう。
(中略)
 心霊研究者や超心理学者が何と言おうとも、批判者からすれば、とらえにくさは、超常現象支持者の単なる言い逃れにすぎないことになるし、そうした研究をますますうさんくさいものにする要因以外の何ものでもないことになる。
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単行本p.6


 サイ(透視、テレパシー、念力などのいわゆる超能力)現象を中心に、超常現象の「とらえにくさ」に関係する代表的な論文を網羅的に収録した大作。単行本(春秋社)出版は1993年7月です。


 追いかければ逃げる、あきらめたら起きる、でも決して証拠を残さない。


 「決定的な証拠が得られない」という条件が整っているときにしか発現しない、それこそが超常現象の最も顕著で普遍的な特徴です。再現性が低いとか、発生条件が厳しいとか、そういった通常の概念ではとらえられないほど、超常現象の「とらえにくさ」は本質的かつアクティブな効果らしいのです。本書は、この「とらえにくさ」に関する論文を網羅的に集めた、超心理学の基礎文献というべき一冊。


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 われわれの研究領域公認の目標は、サイを解明、予測し制御することである。ところが、公式の研究が百年近くにもわたって続けられてきたにもかかわらず、サイは相も変わらず神秘のヴェールに包まれている。事実、サイはわれわれの追求の手をきわめて巧妙にすり抜けてきたように見える。それがあまりにみごとに行なわれるため、サイの周辺に不明瞭な部分をある程度残そうとする力が裏で働いているのではないか、と考えてしまうほどである。あたかもサイは秘密を持っており、それを保持し続けようとしているかに見えるのである。
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単行本p.199


 まず印象的なのは、この「とらえにくさ」効果そのものを具体的に報告している論文です。


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 何らかの検証や管理を行おうとすると、こうした現象はいつも減衰ないし消滅した。浮揚中の物体を撮影しようとするとカメラが“攻撃”され叩き落とされるか、不可解な故障を起こすかした。念力は“追いつめられる”と、記録装置を使いものにならなくしてその支配から逃れることを“決意”するように見える。あるいはまた、その記録装置に一時的な故障を“見つけ”その機会に乗ずることもある。
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単行本p.422


 いざとなればカメラを物理攻撃することも辞さない超常現象。ここまでやっかいで強情な対象を研究する超心理学という分野においては、研究者は誰もがこの「とらえにくさ」への対処に苦慮しています。


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 超常現象にとらえにくさという特徴のあることは、昔から研究者にはよく知られていた。また、そのためにこそ決定的証拠が得られないことも十分認識されていた。そこにJ・B・ラインが登場する。ラインがデューク大学で開始した統計的、定量的サイ実験は、ラインの創始になるものではなく、それまでの研究法を洗練させたものにすぎないが、いずれにせよこの方法は、超常現象のとらえにくさをある意味で巧みに回避した実験法となった。これは、個々の実験データのどれがサイによるものなのかを不明瞭化し、“どこか”に超常現象が潜んでいることが推定されるような形態のデータを、すなわちサイの存在の“状況証拠”を提出する実験法なのである。
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単行本p.8


 巧みに逃れる超常現象に「あえて逃げ道を与える」ことで、その痕跡をとらえようとする、実にもどかしい超心理学研究。曖昧さや不正が入る余地を残すことでしか現象をとらえられない(そしてもちろん批判者からはそこを徹底的に叩かれる)という、自虐的なまでの困難さ。そのようにして研究を続けた100年の歴史を、研究者たち自身はどのように評価しているのでしょうか。


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 もし同協会(アメリカ心霊研究協会)の目的が「超心理学的ないしは超常的と呼ばれる現象の研究」であったとすれば、その目的が達成されたことは疑う余地がない。超心理学的探求は、同協会の100年の歴史とともに、間断なく前進を続けてきた。その探求は、他の分野の科学が享受している研究資金その他有形の援助を受けては来なかったし、科学界全体からは名目的に受け入れられている状況にすぎないけれども、努力を要するこの課題を遂行するのに必要な犠牲を進んで払う、勇気ある自立的研究者が存在しないことは一度たりともなかった。
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単行本p.42


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 超心理学という新しい科学は、今や定量的段階の入口に辿り着き、次の角を曲がれば超心理学のファラデーやマクスウェルが待っているところまで来ている。これから100年から300年の間に超心理学は、データベースや理論や応用において、今日の電磁気学と同じくらい洗練された段階に達するであろう。
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単行本p.201


 たいそう勇ましい言葉が並びます。ですが、スーザン・J・ブラックモアの手にかかれば、評価はこれこの通り。


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 100年にも及ぶ長きにわたって研究が続けられてきた現在、超心理学に関してひとつだけはっきりしていることは、進展がほとんどなかったという事実ではないかと思う。サイに関して真の意味で再現可能な現象はひとつだけある。つまり、その非再現性である。この事実を真剣に受け止め、サイ仮説を基盤に置いた研究法がことごとく失敗してきたという事実をわれわれは認めなければならない。
(中略)
 伝統的超心理学は、今や危機に瀕している。おそらくは、しばらくの間、退縮と保身とを続けることであろう。そして最後には、サイ仮説以外のものを残すことなく終止符を打つことになろうが、その段階でもまだ、非再現性だけは生み出し続けることであろう。
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単行本p.184、186


 さすがブラックモア、辛辣そのもの。ですが、曖昧な状況証拠しか得られない(ようにあえて設計された)実験を繰り返しても、批判者を納得させることは難しいというのは確かでしょう。


 では、この「とらえにくさ」にどのように対処するべきか。

 ひとつの興味深い戦略として「天然モノの超常現象だからこれだけ手強いのだ。養殖モノなら何とか手懐けることが出来るのではないか」という試みがあります。有名な“フィリップ実験”がこれに相当します。


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 トロント心霊研究協会の会員グループが1972年に「“幽霊”を作りあげる試みを行う決定をする」までの経緯について述べている。このグループは、“フィリップ”という名前の、オリバー・クロムウェルの時代に暮らした架空のイギリス貴族を創作し、詳しい生活歴を作りあげた。グループは毎週集まり、瞑想的な方法を用いてフィリップの幽霊を創りあげようとした。(中略)まもなく現象を起こすのに成功した。テーブルが動いたばかりか、申し分ないほどの叩音も発生したのである。また、その叩音を用いて、フィリップという架空の人格と“交信”できることがわかった。
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単行本p.416


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 実験は1972年9月に開始されたが、1973年夏、叩音とテーブルの運動が初めて観察されるまでは、何の現象も起こらなかった。グループのメンバーは、驚嘆すべき忍耐と献身的態度とを示した。四年半もの間、実験を目的とした木曜日の夜の会合に、毎回ほとんど欠かさずに集合したからである。現在でもなおこのグループは、最初に“フィリップ”を創作した八名で構成されている。
(中略)
 フィリップはまた、この時期に、さまざまな曲を演奏し、それに合わせて拍子を取るという能力を発揮し続け、そのレパートリーはかなり増えた。また、二月には、数多くの答えが部屋の中にある金属体から返ってきた。ある時には、天井の管に付いているブリキの受け皿の中で“ピン”という音が何度も発生した。ピンという音は、テーブルの金属製の縁や、会席者のパイプ椅子の座席の下側からも聞こえた。
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単行本p.434


 人間が入念に作り上げた人工幽霊フィリップ君は、明るい場所でも、第三者が見ているときでも、割と親切に心霊現象を起こしてくれたようです。しかし、これだけ懐いていても、やはり決定的な証拠を残すようなヘマはしません。親しき仲にも礼儀あり。超常現象として守るべき一線というものがあるのでしょう。


 人智を超える強力な「とらえにくさ」効果。そもそも、いったいこれは何なのでしょうか。研究者たちも色々と憶測していますが、これといった有力な説はいまだ確立していないようです。


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 超常現象がとらえにくい原因は、人間の何らかの総意に基づく抵抗のようなものなのであろうか。つまり、何らかの理由で人類全体が、超常現象の存在を明確にするのを避けているのであろうか。(中略)それとも、人間以外の存在ないし力が、超常現象の実在を明確に知られないようにするため、その証拠を隠蔽しているのであろうか。そうだとすると、一部の人間を引き付けるような形でそうした現象をかいま見せるのはなぜなのであろうか。
――――
単行本p.12


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 超常現象は、なぜこれほどまでにとらえにくいのであろうか。それは、大脳の半球優位性に何らかの関係があるのであろうか。それとも、量子力学的な不確定性原理と、ある意味で質的に共通した現象なのであろうか。あるいは、サイに対する恐怖心のために、サイの実在を裏付ける証拠が必然的にとらえにくくなってしまうのであろうか。もしそうだとすると、その恐怖心はどこに由来するのであろうか。あるいはまた、普遍的創造原理のようなものによって説明できるものなのであろうか。
 また、超常現象のとらえにくさにしても、人間の心の本質にしても、その解明は、これまでの科学知識の延長線上にあると考えられてきたが、本当にそう考えてよいのであろうか。(中略)従来の線に沿って研究を続けていても、超心理学や心霊研究が完全に消滅してしまうとは思われないけれども、さりとて、そうした研究を積み重ねて行けば自然と道が拓けるようにも思われない。ではいったい、どうすればよいのであろうか。
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単行本p.749、751


 ところで、こういった問題意識は、超心理学の研究者でもない私たちには無関係なのでしょうか。

 個人的には、そうは思いません。誰だって、どうしたって、人は超常体験をしてしまうものなので、その性質について知識を得ることは「超常体験のせいで道を踏み外す」という危険を避けることにつながると思うのです。これ、けっこうマジで言ってます。

 例えば、あなたが超常現象を目撃して、他人にそのことを説得しようとしても、なぜか当然あるべき痕跡が残っていない、あるいは証拠が行方不明になってしまう、といった体験をしたとしましょう。それを「何者かによる隠蔽工作だ」と解釈すると、パラノイアに陥ってしまいかねません。そうではなく「証拠が残らないのは、まさにそれこそが超常現象の特徴だから」と納得した方がいいでしょう。

 同様に、あなたが宇宙人と遭遇したとしても、「地球外文明が私にコンタクトしてきた。これから人類文明に大きな変革が起きる」とか真面目に信じるのはちょっと危険なので、「これは超常現象の一種。だから証拠になるような決定的な影響は残らない」と思った方が、何かと安心でしょう。超常現象との健全な付き合い方のヒントがここにあるのではないでしょうか。



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『昭和・平成オカルト研究読本』(ASIOS) [読書(オカルト)]

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 オカルトは、昭和の時代をよく知る人たちから、そうした時代をあまり知らず、最近興味を持ち始めた人たちまで、幅広く親しまれるコンテンツともなっているのかもしれません。
 本書では、そうしたオカルトのなかでも、日本に関わるものを中心に集めるようにしました。平成になってもたびたび登場するオカルトの源流を探り、いくつものブームをピックアップし、決して忘れてはならない事件を振り返ります。さらに昭和と平成のオカルトを彩り、支えたテレビ番組、漫画、雑誌、出版社、オカルト研究会、そして人物。それらを次の時代へ記録しておく意味も込めて、取り上げるように努めました。
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単行本p.3


 おなじみASIOS(Association for Skeptical Investigation of Supernatural : 超常現象の懐疑的調査のための会)のオカルト謎解き本。その最新刊は、昭和と平成に起きた様々なオカルト事件やオカルト関連情報を総括する労作です。単行本(サイゾー)出版は2019年6月。


 日本のオカルト事情に絞っているとはいえ、100年という長期間に渡るオカルト史総まとめ本ですから、なかなかのボリュームです。これまでのASIOS単行本で最大の464ページ。執筆者も豪華、いやまじ。内容と目次については、ASIOSブログの記事でご確認ください。


  新刊『昭和・平成オカルト研究読本』が出ます(ASIOSブログ)
  http://www.asios.org/sh_occult


 全体的に恐ろしく手間のかかっている本なのですが、特にオカルト関連のテレビ番組、漫画、雑誌、出版社、関連団体、人物、などのデータをまとめた第5章の情報量と資料的価値には圧倒されます。日本オカルト100年史を後世に残すべし、という使命感をひしひしと感じさせるものがあり、読者からは見えない苦労も含めてどれだけの労力と手間をかけたのか、想像するだけで自然と頭が下がります。

 資料としての有用さだけでなく、読み物としての面白さも忘れてはいません。第1章から第3章までは世の中に幅広い影響を与えたものを中心とした日本オカルト事件史として楽しめ、第4章は様々な視点や立場からオカルトを論じており読みごたえがあります。決して「あの頃の昭和オカルトネタ懐かし」というノスタルジィに流されず、現在も続くオカルトの功罪について真剣に書かれています。

 研究者にとって資料を探すための便利なハンドブックとして、また興味はあるけど実は詳しいことはよく知らないという方のための本格入門書として、手元に置いておきたい一冊です。


 以降では、個人的にお気に入りの第4章の内容について、ざっと駆け足で紹介します。


『超能力捜査番組はなぜ続いたのか』
(本城達也)
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 こうした残念な結果に終わるにもかかわらず、超能力捜査番組は40年以上にもわたって続けられてきた。
 一体なぜだろうか? それは超能力捜査の実態が隠されているからだと考えられる。自称超能力者自身の宣伝や、テレビ番組の演出によって、実態とは違うイメージがつくられているのである。
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単行本p.214


 世間を騒がせている事件をFBI超能力捜査官が解決するという、ある程度以上の世代ならお馴染みのテレビ番組、そのトホホな実態を明らかにします。これまでのASIOS謎解き本に最も近いテイストの検証記事。


『白装束のキャラバン隊を組み、騒動を巻き起こしたパナウェーブ研究所』
(蒲田典弘)
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 スカラー電磁波の発生方法は、電磁波と電磁波を重ね合わせ、波の振幅をゼロにすることだという。(中略)エネルギー保存則が正しいとすれば別のエネルギーに変換されているのではないか…と考えてしまうのは、波の運動について学び始めた初学者が陥りやすい典型的な誤解である。
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単行本p.232


 スカラー電磁波による攻撃から教祖の身を守るため白装束で移動を続けたパナウェーブ研究所、その実態を探ります。新興宗教系オカルト事件となると、宗教団体が加害者、世間やマスコミは被害者、というイメージがありますが、本件は逆だということが分かります。オカルトにはまった人や団体との向き合い方について考えさせられる記事です。


『オカルトとニセ科学―霊感商法や陰謀論と関係するものも』
(蒲田典弘)
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 ニセ科学・オカルトの間ではこういった横のつながりも多く、ニセ科学の理論も相互に補強しあっている。ひとつのニセ科学を信じることで、ほかのニセ科学、さらにオカルト、霊感商法、陰謀論を信じるような道が出来上がっているのである。
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単行本p.244


 軽い気持ちでニセ科学やオカルトや陰謀論に近づくことの危険性について、具体的に教えてくれる記事。反社会的な団体相互のつながりが分かります。


『オカルトと民俗学―その困難な関係性』
(廣田龍平)
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 民俗学自体にとって問題なのは、川森博司氏が2009年の日本民俗学会談話会の発表要旨で指摘したように、「高度経済成長を経て、民俗事象のオカルト的受容という現象が顕著になっており、それにどう対処していくかが現在の民俗学の重要な課題である」はずなのに、ほとんど取り組まれていないことである。
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単行本p.254


 「民俗学」というと、いきなり幻想超古代史から妖怪までオカルト事象が連想されるのはなぜか。民俗学の名のもとに安易なオカルト解釈や根拠のない文化批評がまかり通っている現状についての問題意識にもとづく記事。


『幸福の科学の「霊言」はどこまで突っ走るのか』
(藤倉善郎)
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 著者自身、13年に大川総裁から守護霊を呼び出され霊言として発表されたが、霊言が収録されていた日も一日中、著者の体調等にはとくだん変化がなかった。健康には害がないようだ。
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単行本p.258


 イエス・キリストからブルース・リーまで、幸福の科学の総裁がおろす著名人の「霊言」を追った記事。霊言を言い訳にして存命中の他人を誹謗中傷するなどやり方が卑劣だと思いつつ、「ウンモ星人の霊言」という新機軸で宗教指導者として初めて日本トンデモ大賞を受賞、といった情報に思わず脱力したり。


『テレビ、喫茶店、世界の終わり。日本のコンタクティー・ムーブメントと想像力』
(秋月朗芳)
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 いま人間にコンタクトしてくる宇宙人は、喫茶店でレモンスカッシュを飲みながら地球滅亡を伝えたりしないだろう。このようにコンタクティーの想像力が、時代やメディアと絡み合いながらその表現を変化させているのを見るのも、なかなか趣深いものがあるのではないだろうか。また、この変化を知ることは、現在やこれからのコンタクティーのあり方をうらなうひとつの指針となるかもしれない。
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単行本p.271


 なぜUFOはちょっとさみしいのか、どうして宇宙人は犬に固執するのかなど、他人と共有しづらい問題意識を高く掲げて歩み続けるASIOSの裸眼立体視交差法こと秋月朗芳さんによる浪漫文学的コンタクティー論。なぜ日本人にコンタクトしてくる宇宙人はやたらと喫茶店に入るのか?



タグ:ASIOS
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『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(ドニー・アイカー、安原和見:翻訳) [読書(オカルト)]

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 そうして著者はついに、ロシアへと旅立ってゆく。ネットの情報(ノイズ)で汚染された泥の山をかきわけ、60年前に学生たちがみたままの純白の雪原を掘り起こすために。それは真冬のウラル山脈という到達不能な「未踏」を巡る過酷な探検であると同時に、ネット社会の「圏外」へと旅する、知の探検でもあったのだ。そして現代もなお検索不能な「未踏」は、暴風吹き荒れる白い雪原の向こう側に、確かに存在していたのである。
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単行本p.351


 1959年、ウラル山脈で起きた奇怪な遭難事故。通称「ディアトロフ峠事件」。経験豊富な登山パーティの若者たちが、全員、テントを内側から切り裂いて極寒の雪原に飛び出し、確実な凍死に向かってためらうことなく走り続けた。いったい彼らは何から逃げていたのか。そして遺体の異常としかいいようのない状態を、どう解釈すればいいのか。この謎にとりつかれた米国人ドキュメンタリー映像制作者が真相を追ってロシアに飛び、ついに現場に立つ。零下30度、極寒の冬山、そこで著者が見たものとは。
 単行本(河出書房新社)出版は2018年8月、Kindle版配信は2019年1月です。


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 その異様な死に様はこの事件が今なお未解決事件とされ、人々の興味を惹きつける最大の理由でもある。この事件のように、一次情報が少なく、しかもセンセーショナルな出来事の場合、報道や記事そのものが、都市伝説の温床となる。(中略)そこで著者は当時の記録を綿密に調べ上げて、事件担当者の変遷から調査方法、その発見の様子まであぶりだし、曖昧な情報を排除している。つまりこの記録を読めば、ディアトロフ峠事件における基本的な事実、少なくとも「公開されている事実」のほとんどは俯瞰できると言っていいだろう。
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単行本p.350


 ディアトロフ峠事件を真正面から扱ったノンフィクションです。1959年にウラル山脈に向かった若者たちの旅程、遭難現場を調査した捜索隊の体験、そして著者自ら現場に向かうまでの道のりが、さすがドキュメンタリー映像制作者が書いただけあって、まるで再現ドラマのように展開してゆき、最後まで読者を飽きさせません。翻訳も手堅く、というかまずタイトルが素晴らしい。直訳すれば「死の山」となるところを、一文字変えるだけで不穏さが段増しに。


 噂や憶測を取り除いた事実関係が詳細に記されていますが、最大の読み所は著者のほとんど狂気に駆り立てられたような旅。現場を自分の目で見る、そのためだけに貯金を使い果たしてロシアに飛び、極寒の冬山に命がけで立ち向かうのです。


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 2010年11月、初めてユーリ・クンツェヴィッチと電話で話してから三か月、ディアトロフの悲劇について知ってから九か月で、私は初めてロシアの土を踏むことになった。理想的なタイミングとは言えなかった。恋人のジュリアが妊娠七か月で、私たちは親になることの喜びと興奮を一から味わっているところだったのだ。しかし、子供が生まれたあとでは、この事件に割く時間はほとんどなくなるのもわかっていた。
――――
単行本p.57


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 気温は零下30度近い。膝まで積もる雪を踏みしだいて、ディアトロフ峠に向かう。この真冬のさなか、ロシア人の仲間たちとともに、8時間にわたってウラル山脈北部をトレッキングしてきた。目的地に到達したいのは山々なのだが、足を前に出すのがいよいよむずかしくなってくる。視界は悪く、地平線も見えない。空も地面も乳白色のベールに覆われているようだ。(中略)ブーツのなかで右足の指が凍ってくっつきあっている。早くも切断の悪夢が目の前にちらつきはじめる。
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単行本p.19


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 二度にわたってロシアに長期の旅行をし、2万4000キロ以上も踏破してきた。幼い息子とその母親のもとを離れ、貯金も残らず使い果たしたのは、すべてここへ来るためだった。そしていま、旅の最終目的地にあと1、2キロのところまで迫っている。その目的地こそホラチャフリ、この地に昔から住むマンシ族の言葉で「死の山」だった。ホラチャフリの東斜面で起こった1959年の悲劇はあまりに有名で、全滅したトレッキング隊のリーダーの名をとって、その一帯はいまでは公式にディアトロフ峠と呼ばれている。
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単行本p.20


 いわゆる謎解き本ではないのですが、最後の方でこれまでにいくつも提唱された説について検証してゆきます。


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 この事件の謎は煎じ詰めればこの一点だ――雪崩のせいでないとしたら、いったいなにがあって、九人は安全なテントを棄てる気になったのだろうか。
(中略)
 これまでのところ、私の戦略はただひたすら消去法だった。しばしば引用されるシャーロック・ホームズの原則――「不可能を消去していけば、どんなに突拍子もなく見えたとしても、あとに残った可能性が真実のはずだ」――に似ていないこともない。
(中略)
 不可能をすべて消去していったら、あとになにも残らなかったときはどうしたらいいのだろう。私の憶えているかぎりでは、シャーロック・ホームズはそれについてはなにも言っていなかったと思う。
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単行本p.265、277、286


 こうして既存の説をすべて「相応の確信を持って」否定した著者は、自らの体験を元に新しい仮説を立てることになります。それは読んでのお楽しみ。



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