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『湿地帯中毒 身近な魚の自然史研究』(中島淳) [読書(サイエンス)]

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 すごい……なんてかっこいい魚なのだろう。その猛烈な感動は何年たっても決して色あせることはなかった。
 中学生になっても、高校生になっても、いつも自宅ではカマツカを飼育していた。常に60センチ水槽を一つ、カマツカ専用にしていた。そのくらいカマツカは特別で、カマツカが好きだった。いつしか将来の夢は淡水魚の研究者ということになっていた。そして、大学ではカマツカの研究をしたいと願うようになっていた。そんな希望を胸に抱いて、カマツカ好きのとある男は、はるばる九州までやってきたのだった。
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単行本p.2


 ありふれた淡水魚カマツカやドジョウについてもっと知りたい。身近な河川に棲む普通の生物を研究対象とする研究者が、自身の半生を通じて、自然史研究の魅力を語る一冊。単行本(東海大学出版部)出版は2015年10月です。


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 研究者を目指す人にはそれぞれ、それを目指した理由があるだろう。私については本書を通読していただければわかるように、湿地帯の生き物のことがとんでもなく好きだったから、という理由ただそれだけである。なんとなくずっと湿地帯の生き物とかかわって生きていきたい。その結果として選んだのが研究者の道である。したがって本来的には湿地帯に入り浸って湿地帯生物に触れ、その生き様を調べることだけに没頭しているのが何より幸せなのである。本書では意識的にそのことを前面に出した。しかし、湿地帯環境の悪化という側面から、そんな牧歌的な自然史研究をのうのうとすることは許されない状況になっている。身近な湿地帯の生き物たちを研究対象にする以上、保全のことを考えずに研究を続けることは不可能である。
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単行本p.244


 全体は4つの章から構成されます。

「第1章 研究のはじまり」
「第2章 カマツカの自然史」
「第3章 ドゼウ狂」
「第4章 湿地帯に沈むまで」


「第1章 研究のはじまり」
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 職員四名、学生三名という実に贅沢な体制であった。当時の水産実験所には定期的なゼミもなく、学生同士の交流も特になく、自由な……まさに研究室としては崩壊寸前という寂れっぷりであった。
(中略)
 悪いことに研究室には広々とした飼育室があり、学生はほとんどおらず先生方も放任なものだから、水槽も空間も使い放題であった。調査で採ってきた珍しい魚は嬉々として生かして持ち帰り、きれいにレイアウトを組んだ水槽で飼育をはじめる始末であった。気がつけば飼育室にはずらりと那珂川の魚が入った60センチ水槽が並んでいた。
 肝心の大きなカマツカは全然採れなかったが、生来の淡水魚好きが仇となって、完全に初心を忘れ単なる淡水魚愛好家に戻って楽しい毎日を送っていた。
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単行本p.18、25

 修士課程におけるカマツカ研究について紹介します。


「第2章 カマツカの自然史」
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 2006年10月、七ヶ月前と変わらぬ姿で標本庫に並ぶ46本の標本瓶と1394個体のカマツカ標本を前に立ち尽くす男の姿があった。私である。博士論文の先生への初稿提出締切はあと一ヶ月とちょっとという状況であった。
 四月以降は産卵行動だの仔魚の飼育だのスケッチだので、あわただしくも充実した毎日を過ごしており、あまつさえ九月下旬には国際シマドジョウ会議のためクロアチアへ旅立つなどしていた結果、驚くべきことに十月になるまで解剖には一切手をつけていなかったのだ! 驚きである。しかし驚いてばかりもいられない。カマツカの生活史研究が博士論文の主要なテーマであるからして、この二地点間の生活史変異については必ず形にしなくてはならない。機は熟しすぎて今にも腐敗しそうである。私はついに重い腰を上げ、標本の計測と解剖を開始する決意をした。
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単行本p.121

 博士過程におけるカマツカの生活史研究について詳しく紹介します。カマツカはなぜ普通種なのか、という疑問に対してついに得られた答えとは?


「第3章 ドゼウ狂」
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 結局、修士課程の2003年頃からぼちぼちと開始したドジョウの研究は、学位取得後の2007年4月以降本格的に取り組んだものの、ポスドク時代(九州大学農学部学術研究員+日本学術振興会特別研究員)の三年間でもまとまらず、福岡県保険環境研究所に就職し数年たった後にようやく日の目を見たのであった。研究の開始から数えると、スジシマドジョウ類では九年、オオヨドシマドジョウでは六年もの歳月を費やしてしまったことになる。ここまで深く長くはまるとは思わなかったドジョウ沼。だが、これまでに出すことができた結果は満足の一言である。
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単行本p.186

 身近な河川にいる未記載種。ドジョウ研究の顛末を語ります。


「第4章 湿地帯に沈むまで」
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 私の場合は特に、黒魔術への傾倒が著しく、部屋中に結界を張って日夜悪魔を呼び出す研究にいそしむというような状況であった。とある本によれば悪魔の召喚には「罪人の額に打ち付けた釘」が必要ということだったので、入手できないか真剣に検討したものである。しかし、インターネットなどない時代でもあり、入手は不可能であった。今にして思えばインターネットがなくて本当によかったと思う。
(中略)
 高校生くらいからは悪魔を呼び出す研究よりもむしろ、妖怪あるいは悪魔とは人間にとってどういう存在なのか、ということを真剣に考えるようになっていた。その結果、大学で受験する学部を選ぶにあたり、農学部や理学部と同じくらい、文学部(で妖怪や悪魔の研究をすること)を選択肢に含めていた。最終的にはこれまで蓄積した淡水魚類への愛と情熱が上回り、文学部受験は回避したが、もし途中で何かきっかけがあったなら、魚ではなく妖怪を研究していたかもしれない。
 ただ一周回って現在は、再び妖怪について調べたいという思いが再燃している。
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単行本p.202

 大学進学前の著者はどのように育ったのか。後に研究者への道を歩むことになる子どもの生態を詳しく語ります。



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『無限』(イアン・スチュアート、川辺治之:翻訳) [読書(サイエンス)]

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 私は,数学が無限についてのどんなパズルも説明しているという印象を植えつけたくはない.数学者でさえ,無限についてのどんなパズルも説明されたと主張することはない.とくに公理的集合論には,未解決問題がまだ山ほどある.しかし,数学者は,私たちがこれらの問題を理解できるように論理的枠組みを作り上げ,そのうちの多くに答え,そして,様々な無限の具体例を区別する.この枠組みは新しい劇的な発見につながり,数学をより豊かにし,そして,新たな応用に結びつける.
 ようこそ,奇妙だが美しい無限の世界へ.
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単行本p.151


 それは数学になくてはならない概念。しかし、ちょっとでも取り扱いを間違えると大量のパラドックスを生み出す危険な存在。「無限」をめぐる様々な数学トピックを一般向けに紹介してくれるサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2018年5月です。


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 非常に大きな概念について非常に短い紹介を書くというのは逆説的に見えるかもしれないが,無限は逆説的なのである.また,無限はきわめて役に立つので,無限なくしては数学者や数学の利用者は途方に暮れるだろう.しかしながら,十分注意して扱わなければ,無限は物騒でもある.哲学者や神学者は,重点を置くところは違うものの同じ二律背反に直面してきた.無限を目の前で爆発させずに扱う方法を学ぶのに2000年以上もかかったし,それでもなお,問題を引き起こすことがある.
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「はじめに」より


 数学における小ネタの数々を面白く紹介する手際で知られる著者が、様々な分野に現れる「無限」について紹介してくれる一冊です。ちなみに旧作の紹介はこちら。


  2010年09月09日の日記
  『数学の魔法の宝箱』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-09-09

  2010年06月09日の日記
  『数学の秘密の本棚』
  http://babahide.blog.so-net.ne.jp/2010-06-09


 全体は7つの章から構成されています。


「1. パズル,証明,パラドックス」
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 時刻0に,電灯のスイッチを切る.その2分の1秒後に,電灯のスイッチを入れる.その4分の1秒後に,電灯のスイッチを切る.その8分の1秒後に,電灯のスイッチを入れる.その16分の1秒後に,電灯のスイッチを切る,というようにどこまでも続ける.それぞれのスイッチを入り切りする間隔は,その直前の間隔の半分である.それでは,1秒後には,電灯は点いているだろうか,それとも消えているだろうか.
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単行本p.3

 「無限+1=無限」という正しい数式の両辺から無限を引くと「1=0」が証明される?
 無限を無造作に扱うことから生ずる様々な問題やパラドックスを紹介します。


「2. 無限との遭遇」
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 無限は,けっして高度な数学における一種の難解な発明ではない.無限には,小学校のかなり早い段階で遭遇する.(中略)小数について教わるとき,無限は極めて重要なやり方で頭をもたげ,それまでに習った分数の概念と結びつくのである.
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単行本p.15

 小学校で習う算数の段階においても、無限は重要な問題となる。循環小数や無理数のなかに潜んでいる無限について解説します。


「3. 無限の歴史観」
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 切断は有理数の集合の対であり,それらは無限集合である.そのような集合に対して足し算や掛け算を行うとき,概念上は無限の対象を扱うことになる.今日の数学者はこのような考え方に慣れているし,その哲学的な意味合いに惑わされることはない.哲学者は,概して,これを気にかけて,そのほとんどがこれに反論する.その論争は,両陣営が興味を失うことで,いつかは終わる.
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単行本p.29

 「アキレスと亀」などゼノンのパラドックスから始まり、哲学や神学における無限の概念が歴史的にどのように議論されてきたかを紹介します。


「4. 表裏一体の無限」
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 努力すれば,この言語,そして,論理的にうまく組み合わさって全体として筋の通った解析学を習得することができるだろう.何世代もの学生がこれになじむ過程を経験することで,無限小による過去の忌わしい日々は数学の記憶から徐々に姿を消した.
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単行本p.72

 無限に小さいものを無限に足す、無限に小さい値を無限に小さい値で割る。極限が特定の値に収束するとは、厳密には何を意味しているのだろうか。微積分の発見と解析学への展開について解説します。


「5. 幾何学的な無限」
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 この論証のどこかが分かりにくく不可解だったとしても,心配はしなくてよい.私は,ただ,読者に,同じような混迷に取り組まなければならなかった数学者の身になってもらおうとしているだけである.
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単行本p.90

 ユークリッド幾何学においては、あらゆる二本の直線は一点で交わる、ただし平行線は例外とする。しかし、なぜ例外が必要なのか。平行線は無限遠点で交わる、と定義すればいいのではないか。無限の長さや無限の広さを幾何学はどのように扱うのかを解説します。


「6. 物理的な無限」
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 実際の無限,それも概念的なものではなく物理的な無限が,許容されているだけでなく,起こりうる真実として存在するような物理学の領域が一つある.それは,宇宙論である.
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単行本p.103

 光学における無限、古典物理における無限、そして近代宇宙論における無限。物理学者たちが無限量をどのように扱ってきたのかを解説します。


「7. 無限を数える」
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 カントルは,論理的かつ厳密に,数の領域の中においてでさえ,無限にはいくつかの大きさがあるということを立証した.具体的には,すべての実数の個数の無限は,自然数の個数の無限よりも大きいというのだ.(中略)自然数は可算無限であるが,実数は非可算無限なのである.
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単行本p.117

 無限の性質に関するカントルの重要な発見はどのようにして立証されたのか。無限をプロセスではなく演算対象として扱えるようにしたカントルの業績について解説します。



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『ドローンで迫る伊豆半島の衝突』(小山真人) [読書(サイエンス)]

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 近年注目を浴びているマルチコプター(いわゆる「ドローン」)は、GPSなどの衛星測位システムによる自動位置制御のおかげで操縦が簡単な上に、搭載した無線制御カメラを用いて上空のさまざまな方角から地表を撮影できる。このためヘリやセスナをチャーターしなくても自前の航空写真が安価に撮影可能となっただけでなく、有人航空機では不可能だった低空からの近接撮影という未開の領域への扉も開かれた。
 この本では、ドローンを用いてさまざまな地形・地質の特徴をとらえた画像を紹介・解説する。被写体として選んだのは、筆者の主要な研究フィールドである富士山と伊豆半島、ならびにその周辺地域である。
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 地表からはアクセス困難な地形も、手軽に、安価に、そして低空からの近接撮影すらも可能にしたドローン搭載カメラ。この新しい技術を用いて撮影された火山噴火や崩落地形などの臨場感あふれる航空写真を多数収録したサイエンス本。単行本(岩波書店)出版は2017年12月です。


 掲載されているのは富士山と伊豆半島をとらえた航空写真ですが、まず風景写真として美しく、迫力があります。さらに添えられた解説が、地学的に興味深い情報を伝えてくれます。全体は5つの章から構成されています。


[目次]
1 富士山の噴火と崩壊(活火山・富士/山麓に達した溶岩 ほか)
2 伊豆半島の成長と衝突(火山の野外博物館/隆起した海底火山 ほか)
3 荒ぶる火山帯(箱根火山と大涌谷/火山島・伊豆大島 ほか)
4 本州側の隆起と変容(揺れ上がる大地/大地震が起こす巨大崩壊 ほか)
5 ドローン撮影の威力(災害現場でのドローン撮影ー2016年熊本地震の例/海外でのドローン撮影ー英国形成の長い歴史)
付記 国内外でのドローン撮影のためのメモ


「1 富士山の噴火と崩壊」
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 富士山は、およそ10万年前の誕生以来、山頂や山腹の火口からおびただしい量の溶岩を流し続けてきた。それらの溶岩は、時には谷をせき止めて湖を誕生させたり、それまであった湖を埋め立てたりして、麓の地形を大きく変化させた。名瀑をつくり出したり、柱状節理などの美しい造形を生んだ溶岩流もある。
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単行本p.14

 火口、溶岩流の跡、大沢崩れなど、地表からの接近が困難な富士山のさまざまな地形を鮮やかにとらえます。


「2 伊豆半島の成長と衝突」
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 伊豆半島の地表には過去2000万年間の地層・岩石が分布し、本州と衝突する以前の、はるか南方にあった頃からの克明な地質学的記録をたどることができる。
 それらの下部を占める地層・岩石は、海底火山の噴出物とそれらの二次堆積物、ならびにマグマが火山の地下で冷え固まった貫入岩からなる。かつて海底下にあったこれらの地層・岩石は、本州への衝突による隆起と浸食によって、伊豆半島の陸上に広く露出している。
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単行本p.42

 フィリピン海プレートに乗って本州と衝突している伊豆半島。衝突によりつくり出された景観とその地学的意味について解説します。


「3 荒ぶる火山帯」
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 本書ではすでに富士山の2つの山体崩落を紹介したが、それよりもはるかに規模の大きい山体崩落を起こした火山をここで紹介する。八ヶ岳である。
 甲府盆地の北西端にある韮崎付近の台地は、20数万年前に八ヶ岳が起こした熱い岩屑なだれ(韮崎岩屑なだれ)の堆積物でできている。同じ堆積物が甲府盆地の南端でも見つかることから、50km以上の距離を流れて甲府盆地を埋め尽くしたことがわかる。その総体積は100億立方メートルという途方もないものである。
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単行本p.83

 噴火、山体崩落など激しい火山活動の跡が残された地形や風景とその成立過程を解説します。


「4 本州側の隆起と変容」
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 1707年宝永東海・南海地震(マグニチュード8.7)の際に安倍川源流の静岡・山梨県境にある大谷嶺(標高2000m)付近で起きた大谷崩は、1億立方メートルもの土石を流して長さ5kmに及ぶ土石流段丘を形成するとともに、安倍川本流と支流にせき止め湖を誕生させた。そのうちのひとつは明治初年まで残存していた。
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単行本p.101

 伊豆半島と本州の衝突により、大きく隆起している地形が本州側にも生じている。地面の隆起と浸食、大地震による崩落などの痕跡を解説します。


「5 ドローン撮影の威力」
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 ここでは熊本地震を例として、災害現場におけるドローン撮影の威力を紹介する。
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単行本p.118

 2016年熊本地震や英国の例をもとに、高所や地表からの撮影では十分に判別できない地形やその変化の詳細を、超低空から撮影することで明らかにできるドローン撮影の威力を示します。



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『魚だって考える キンギョの好奇心、ハゼの空間認知』(吉田将之) [読書(サイエンス)]

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 手足に測定用の押しボタンを装着し、身動きがとれなくなるとか。サカナに音楽を聞かせているようにしか見えないとか。細胞の数を数えすぎて、水玉模様を見るとついつい数を数えそうになってしまったり(もう治ったようです)せっかくとった卵が全滅してしまったり。
 研究の現場は、常に汗と涙にまみれている。
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単行本p.6


 「サカナが何かを考えるしくみ」について調べている広島大学「こころの生物学」研究室。学生たちの奮闘努力を中心に、魚類を対象とした生物心理学の研究成果について語るサイエンス本。単行本(築地書館)出版は2017年9月です。


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 サカナの声なき声を聞くために、幾多の学生たちとともに格闘してきた。
 たいてい、研究についての報道は、成果のみである。
「これこれについての研究により、このような発見がなされました。以上」
 いやいや、べつに、わたしたちの研究はハデに報道されるようなものでもないし……とひがんでいるのではない。このようなことに興味をもって、日々奮闘している若者たち(もちろんわたしも含む)もいることを、ちょっとだけ知ってもらいたいのだ。
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単行本p.5


 全体は11の章から構成されています。


「1 サカナの脳は小さいか」
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 ハトの脳とラットの脳の大きさは同じぐらい(どちらも約2グラム)だ。しかも、最近の研究によれば、鳥の大脳のニューロン密度は、哺乳類のそれよりもずっと大きいことがわかっている。だから、鳥類のハトのほうが哺乳類のラットよりも良い成績をおさめてもいいぐらいなのだ。
 それに比べて、キンギョの脳の重さはわずか0.1グラム。ハトの20分の1だ。これでハトと同じぐらいの成績をおさめるなんて、すごいじゃないか、キンギョ。
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単行本p.17

 キンギョの学習能力はハトに匹敵する。なのに、脳の重さはハトの20分の1しかない。では、ニューロン数で比較すると、どうなるのだろうか。そのためには「キンギョの脳を構成しているニューロンを数える」という気の遠くなるような仕事が必要となる。さあ、学生がんばれ。


「2 サカナは臆病だけど好奇心もある」
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 サカナにも好奇心はある。ダイビングや釣りなどで、サカナをよく見る機会がある人たちはそれを疑わない。でも、「サカナにだって好奇心はあるんです!」と声高に叫んだところで、「気のせいでしょ」といわれればそれまでである。
 それじゃあちゃんと測ってやろうじゃないの。ということで、N君の卒論テーマになった。
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単行本p.30

 サカナにも好奇心がある。それを客観的に証明するためにはどうすればいいだろうか。というわけで、キーをそれぞれのサカナの行動に割り当てた鍵盤を前に、サカナの行動を観察してはキーを叩いて記録する実験が始まった。


「3 ゼブラフィッシュは寂しがり」
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 新しい水槽に入れられたときのゼブラフィッシュの不安は、たぶんわたしたちが知らない場所に立った時に感じる不安と基本的に同じだろう。なぜかというと、人間に効く抗不安薬は、先に書いたようなゼブラフィッシュの「不安行動」を抑える効果があるからである。
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単行本p.46

 ゼブラフィッシュの不安行動には、人間用の抗不安薬や、さらにはアルコールが効く。ならばサカナは人間と似たようなメカニズムで不安を感じているのではないだろうか。ゼブラフィッシュの不安行動を研究する。


「4 サカナの逃げ足」
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 いくつかのビデオから、アオサギの捕食スピードを計ってみた。「構え」の姿勢から動き始めて約0.1秒後にくちばしが水中に突き入った。その鋭い形状と速度からして、くちばしが水中に入ってからサカナに達するまでの時間は極めて短いだろう。くちばしが水面についてから反応したのでは、サカナもさすがに逃げきれまい。
 でもアオサギも結構失敗しているよな。実際にはサカナはどうしているのだろう。
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単行本p.70

 アオサギの電光石火の捕食行動に対して、しばしば逃げきるサカナ。どうもその逃走反応は、鳥のくちばしが水面に達するより前に開始されているようだ。というわけで、ひたすら水中に棒を突っ込んでサカナを脅かす実験が始まった。


「5 恐怖するサカナ」
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 高等学校の生物の教科書には、小脳のはたらきは「運動の調節と身体の平衡を保つ」ことだと書いてある。実のところを申せば、小脳にはもっといろいろな役割がある。最近では、感情に関わる機能が注目されている。
 わたしたちが得た結果は、「キンギョの古典的恐怖条件付けには小脳が必要です」のひとことで済んでしまうわけだが、これは10年ちかくにわたる苦難に満ちた研究の成果なのである。
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単行本p.87

 サカナの恐怖反応には小脳が関与している。それを証明する実験に必要な「小脳の局所麻酔」という無茶な難題に、ひたすら練習して挑む学生。がんばれ。


「6 サカナも麻酔で意識不明?」
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 わたしは、サカナにもサカナなりの意識があると考えている。もちろん、われわれ人間がもつ意識とはだいぶ違うだろう。
 ひょっとして、麻酔が効く様子を詳しく調べれば、サカナ的意識の理解に役立つのではないだろうか。こう考えて、キンギョの脳波を記録しながら麻酔をかける実験を行った。
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単行本p.104

 サカナは意識を持っているのだろうか。この問題にアプローチするため、キンギョに麻酔をかけたとき脳波がどのように変化するかを調べる実験を行った。


「7 各方面に気を配るトビハゼ」
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 とにかく、トビハゼは、何かをよく見る時には眼の向きをちゃんと調節していることがわかった。この時、その対象物とレンズの中心を通る延長線上の網膜に像が投影されることになる。したがって、網膜のその部分が、最も高い空間解像度で光情報を脳に送っているはずである。
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単行本p.119

 捕食行動の前に、エサに「注目」しているように見えるトビハゼ。本当にそちらに「視線」を向けて注視しているのだろうか。トビハゼの網膜の「神経節細胞の数を数える」という苦行の果て、視界から水玉模様が消えなくなり、小さな丸いものを見るとひたすら数を数えてしまうようになった学生。がんばれ。


「8 眼を見て誰かを当てるの術」
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「ん? なんだか1尾ずつ目つきが違うような気がするぞ」
 はっきりとどこが違うとは言えないのだが、何となく違う。そこで、数尾のキンギョを水槽からすくって、眼をアップで撮影して比べてみた。
 すると、虹彩の部分に何本かのスジが入っていて、このスジの入り方が1尾ずつ違っている。このせいで、何となく目つきが違っているように見えたのだ。スジの入り方は右目と左目でも違っている。
「もしかして、これは使えるかもしれない」
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単行本p.129

 大量に飼っているキンギョをそれぞれ傷つけることなく個体識別するために、虹彩の模様が使えるのではないか。というわけで、ひたすらキンギョの眼を撮影しては個体識別してみるという地味でしんどい研究が始まった。


「9 サカナいろいろ、脳いろいろ」
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 というわけで、脳の形を見れば、そのサカナが何が得意で、どんな生活をしているかだいたい想像できる。
 わざわざ脳を取り出して見なくたって、サカナの体を見ればわかるじゃないかと言われるかもしれない。もちろん、体やヒレの形、眼や鼻の具合なんかを見ればかなりのことがわかる。
 でも、脳を見ると、よりサカナの気持ちに近づけたり、別の角度からサカナの生活に思いを馳せることができるのだ。
 そんな理由から、わたしの研究室ではいろんなサカナの脳コレクションを作っている。
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単行本p.147

 サカナの心に迫るために、その脳を手にとってじっくり眺めてみたい。そんな願いをかなえるために「実物脳のさわれる標本」を作る研究が始まった。


「10 ハゼもワクワクするか」
――――
 水位が上がり始めると活動が活発になり、水面近くを泳ぐようになる。レンガはまだ水没しておらず、エサの匂いもしていないのにだ。水位が上がることで、レンガの上にあるエサ場に行けることを予期し、一刻も早く(でないと誰かに先を越されてしまうかもしれない)これにありつこうとしているのだ。すごくワクワクしているに違いない。
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単行本p.162

 潮の満ち引きを手掛かりとしたハゼの学習実験。はたしてサカナはわくわく何かを期待することがあるのか。


「11 飼育は楽し」
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 頭以外の体の部分はもちろん食べる(麻酔薬を使ったサカナは別として)。わたしの研究室には、調理設備一式が備えられている。
 サカナ好きのくせに、そんなことをしてかわいそうだと思わないんですか。などと言わないでほしい。身の部分は、いつも金欠の学生の貴重な栄養となる。そして、ふつうは食べられることのない頭(脳)は、標本としていろいろな場面で活躍する。
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単行本p.182

 自分たちで釣ってきて、自分たちで飼育し、実験終了後には自分たちでおいしくいただく。サカナの行動研究に欠かせない捕獲や飼育などの活動について紹介します。


「12 スズキだって癒やされたい」
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 わたしが疑問に思うのは、彼/彼女らは傷を負って「しんどい」と感じているのだろうか、ということである。そして薄まった海水に浸ると「気分が良い」のだろうか。
 サカナも痛みを感じることは、多分間違いない。もちろんこれには異論もある。と言うより、サカナに痛みがあると考えている人のほうが少ないだろう。
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単行本p.191

 傷ついたスズキが適度な塩分濃度の場所を求めて移動する行動をとるとき、彼/彼女たちは何を「感じて」いるのだろうか。行動の背後に意図や気持ちがあるのだろうか。生物心理学が目指す究極の問いについて語ります。



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『すごい進化 「一見すると不合理」の謎を解く』(鈴木紀之) [読書(サイエンス)]

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 地球上の生物の多様性を生み出した進化はそもそも驚嘆に値するもので、私がくり返して強調するまでもありません。ただそうは言っても、すごくないように見える生き物の形や振る舞いがあるのも事実です。しかしながら、そこであきらめずにつぶさに観察していくと、一見すると不合理に見える形質ほど、実は「すごい進化」の秘密が隠されているのだと、私は考えています。
――――
新書版p.v


 不完全な擬態、まずい餌に特化した食性、壊滅的なまでに非効率な生殖システム。自然界にあふれる「すごくない」性質は、何らかの制約により進化が途中で止まってしまった結果なのか、それとも隠された理由まで考慮すると実は最適化されているのか。制約と適応のせめぎ合いから見えてくる意外に「すごい進化」の興味深い実例を通して、進化生態学の考え方を紹介するサイエンス本。新書版(中央公論新社)出版は2017年5月、Kindle版配信は2018年3月です。


――――
 生物の形質は常に適応と制約のせめぎ合いによって、完璧とはいえない状態にとどまっていると考えることができます。特に、機能的にあまりうまくいっていないように見える形質については、最適化されていない疑いが強く、制約の重要性の根拠とされてきました。
 ところがよくよく調べてみると、これまで制約だと片付けられていた現象の中には、実は制約がそれほど効いていないようなものも含まれていました。そこで、「適応をあきらめない」という姿勢を貫くことで、より合理的な仮説を立てることができました。自然界には不合理に見える現象があふれていますが、実はなんだかんだうまくできている――これが、本書全体を通じて伝えてきたメッセージでした。
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新書版p.224


 全体は4つの章から構成されています。


第一章 進化の捉え方
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 現在生き残っている生物は、すなわち自然淘汰を経てきたわけですから、「生物の形質は適応的である」という仮定は一定の正しさを含んでいます。ただし前に述べたように、生物の形質は必ずしも完璧ではありません。(中略)それでも、最適化を仮定して新たな仮説に取り組むほうが、「制約のせいで現在の形質には適応的な機能がない」という見方よりも実り多い研究プログラムなのです。予測が外れたときの適応主義による対応をグールドは批判しましたが、その対応こそが最適化アプローチの最大の強みだったといえるでしょう。
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新書版p.21、26

 生物の形質や振る舞いは適応的である・あるはずだ。いや、様々な制約により生物の特性は必ずしも適応的とは限らない。進化生物学で長年続いてきた適応主義をめぐる論争を整理して、「適応主義を仮定した研究アプローチは、実り多い成果をもたらすことが多い」という本書の立場を説明します。


第二章 見せかけの制約
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 しかしここで主張したいのは、形態的制約という暗黙の前提を取り除くことで、適応にもとづいた新たな仮説を提示するきっかけになったということです。栄養卵の進化に関しては、形態的制約という一応の説明があったせいで、「大きい卵で対処しない理由」について進化生態学者の思考が停滞していました。
(中略)
 ウラナミジャノメとテントウムシの研究で見たように、一見すると制約が効いていそうな形質も、調べてみると生存や繁殖に大した影響がないことがあります。このような「見せかけの制約」は、進化生態学の研究でしばしば登場します。制約が見せかけかどうかを判別するには丹念な観察と実験が必要ですが、そこにこそ進化生態学の醍醐味があるといっていいかもしれません。
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新書版p.58、59

 わざわざ孵化しない卵を産むテントウムシ、特定の植物しか食べない昆虫、共進化仮説。一見すると不合理な形質を発見したときに、「制約」の存在を前提に納得するか、それともあくまで「適応を信じて」仮説を探求するか。興味深い実例を通じて、適応主義的なアプローチの有効性を解説します。


第三章 合理的な不合理――あるテントウムシの不思議
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マツオオアブラムシはテントウムシにとって「まずい」「少ない」「捕まえにくい」という三拍子そろってひどいエサであるといえそうです。私たちの経済感覚でいうならば、まずくて食べづらくて高価なものにわざわざお金を払って毎日食べているようなものです。(中略)こんな罰ゲームのような生活は自然淘汰の結果なのでしょうか。
 まわりにおいしいエサがたくさんあるのに、なぜあえてまずいエサを食べるのか。クリサキテントウの不合理な選択を理解するためには、共進化や競争といったこれまで生態学で試されてきた正攻法ではうまくいきません。だからこそ、不合理な行動とみなされているのです。そこで私が取り組んだのは、異種への誤った求愛という「不合理な選択」を解明するところから、不合理なエサ選びを理解するというアプローチです。
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新書版p.101、110

 実験室では平気で他のエサを食べるのに、自然界ではわざわざまずいエサを選んで食べるテントウムシの謎。その理由は、他種のメスにも誤って求愛するオスの存在にあった……。意外な結末に驚愕する、まるでミステリー小説のような研究成果を紹介します。


第四章 適応の真価――非効率で不完全な進化
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有性生殖は二倍のコストという明らかな欠点を含んでいるにもかかわらず、自然界の生殖システムとして卓越しています。この矛盾が、進化学最大の問題という称号を与えられた所以です。ここからは、二倍のコストを克服していく生物学者の挑戦と限界を見ていきましょう。
(中略)
遺伝的多様性も赤の女王も、二倍のコストを覆すには十分ではありません。そこで最後に、生物学の教科書に載っていないばかりか、専門家の間ですらいまだほとんど知られていない、とっておきの仮説を紹介します。この仮説は、既存の仮説の問題点をクリアし、二倍のコストの問題に異なるアプローチから迫るものです。ひょっとしたら、真実に最も近い合理的なアイデアとして、今後世界に広まっていくかもしれません。
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新書版p.180


 無駄な形質や行動の進化を説明するハンディキャップ理論。あまりにも非効率な「性」という生殖システム。不完全でいいかげんな擬態。様々な実例を通じて、自然界にあふれる無駄と非効率こそ実は「すごい進化」であることを解明する研究を紹介してゆきます。なかでも、有性生殖がいかにして進化してきたのかという謎に対する(従来の、遺伝的多様性仮説や「赤の女王」仮説とは根本的に異なる)新しい仮説の紹介は必読です。



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